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「他人様の人生の最晩年を、とんでもない形にしちゃった…」救急救命センタースタッフが明かした高齢患者治療の“トラウマ”とは

『救命センター カンファレンス・ノート』より #2

2022/01/07
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担当医にとってストレスになる傷病

 救命センターに担ぎ込まれてくるような傷病者は、良かれ悪しかれ、短時日のうちに決着を見ることが多く、いわゆる切った張ったを好む血気盛んな医者たちにとっては、まさしく腕が鳴るというところなのだが、熱傷ばかりは、少々趣が異なっているということなのだろう。

 そんな手術を、何度も何度も繰り返し、熱傷面に新しい皮膚が生着するまでに数ヶ月を要する、といった経過も、重症熱傷の場合は、決して珍しくはない。

 通常、救命センターの患者は、その日の当直医に、担当が割り当てられていくが、こと熱傷の患者に関してだけは、受け持ちが公平になるように、順番が別枠で決められている、なんぞという話をよく耳にする。

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 あるいはまた、カンファレンスの最中に、他の医者が受け持つ熱傷患者の熱傷面積は過小評価する一方で、自らが受け持つそれは過大に喧伝する、といった不届きな輩がいるという話もある。

 いずれにしても、不慮の労災事故や家屋の火災に巻き込まれた患者が、長い苦労の末に、社会復帰を目指して、リハビリテーション病院に、やっとのことで転院することが叶った時は、救命センターのスタッフとして、大きな充実感を得ることは言うまでもないのだが、しかし、そこに至るまでの間に、担当医がそれなりのストレスを抱えているということは、間違いないのである。

高齢の熱傷患者がトラウマに

「ま、ホントのことを言えば、そうした感じが、決してないわけじゃありませんがね」

 それも、そうなんですが……と、担当医は、電子カルテの画面から顔を上げた。

「トラウマ……なんですかね」

「何、トラウマって」

 部長が、怪訝そうに、担当医の顔をのぞき込んだ。

「いえね、高齢者の熱傷っていうと、どうしても、あの小池さんを思い出しちゃって……」

「小池さん……って、誰だっけな」

「もう1年以上も前になりますか、ほら、風呂に浸かっていた、92歳の……」

 自宅の風呂場の浴槽の中で、意識が朦朧として、身動きできない状態でいる舅を発見したのは、近所に住んでいる長男の嫁だった。

 92という高齢ではあったが、ADLも十分に保たれており、ここ何年も1人暮らしを続けているということであった。

 発見された時、浴槽には、30センチほどの深さの湯が張ってあり、傷病者はその中で膝を立てた状態で横たわっていたが、その湯の温度は、発見者の手が入れられないほどの熱さだった由、救命センターの初療室に救急搬送されてきた傷病者には、両足、会陰部、臀部、背部を中心に、約20パーセントのⅡ度ないしⅢ度の熱傷が認められたため、重症熱傷として、緊急入院となったものである。