その後も、徳仁天皇は新型コロナの感染拡大状況を踏まえ、より思い切った対応を取るようになる。東京オリンピック・パラリンピック開催に関して、西村泰彦宮内庁長官による「拝察」発言はその象徴的な出来事であった。このままの形でオリンピック・パラリンピックを開催することについて、天皇は懸念しているようだと長官は発言した。このように長官が「拝察」していると発言することで、医療体制を含めて、人々の感染拡大状況を心配している天皇の様子が人々に印象づけられた。
一方で、天皇本人が長官にそう発言していると公表すれば、政治関与になってしまう危険性もある。そこで、あくまで長官自身がそう感じている(「拝察」)という旨での発言がなされた。ただし、大きな影響を与える問題だけに、これを長官が独断でやったとは考えにくい。やはり天皇の意思がそこにはあり、それを西村宮内庁長官が「拝察」して発言したのだろう。
東京五輪開会宣言で見せた“配慮”
オリンピック開催にあたっては、開会宣言も問題となった。天皇は名誉総裁としてそれを述べなければならない。しかし、定型的な文章であり、そのなかに「祝い」という文言が含まれていた。開催に反対する人々が数多くいるなかで、それを述べることにはためらいもあったのではないか。しかし一方で、国際的な儀礼でもあり、開催に賛成している人々がいる以上、宣言を述べないという選択肢もなかった。
そこで、「celebrating」という英語を「祝い」ではなく「記念する」と訳すことによって、オリンピック開催に反対している人々へも、賛成している人々へも、どちらに対しても天皇は配慮する姿勢を見せたのである。
このように、天皇は新型コロナの感染拡大によって分断される日本社会を積極的に統合しようとする意識を有しているように思われる。2021年8月15日の全国戦没者追悼式における「おことば」もやはり新型コロナの問題に言及した。しかし、あえて文言を「私たち皆がなお一層心を一つにし、力を合わせてこの困難を乗り越え」と変えた。
「力を合わせて」「心を一つ」にすることを天皇が求めたのは、まさに分断される社会を自らまとめようとしているからだろう。「国民統合の象徴」である以上に、「国民を統合する象徴」であることが自身の役割であると考えているのではないか。