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コップ1杯の海水に10億個!? 私たちが生きる「ウィルスまみれ」の世界

内田樹✕仲野徹対談 その1

source : ライフスタイル出版

genre : ライフ, ライフスタイル, 社会, ヘルス, 医療

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感染症はいつ来るか、まったく予測がつかない

 ただ、もともと日本のワクチンメーカーは規模が小さいし、儲かる分野でもないし、日本人はワクチン嫌いがけっこういるという問題があります。ワクチン開発は、小さい製薬メーカーや大学の研究者がチョコチョコやっても難しいと思います。次のパンデミックはいつ来るかわからない。すなわち、必要になるかどうかもわからないところにどれくらい多額のお金を投じて準備しておくかは、議論がわかれるところでしょう。

内田 神戸大学の岩田健太郎先生から伺った話ですけれど、感染症はいつ来るか、どれほどの毒性か、どれほどの規模か、まったく予測がつかないので、感染症対策の医療資源は、ビジネスマインド的に考えるとどれも「不良在庫」扱いされるんだそうです。感染症の専門病棟やマスクや防護服や人工呼吸器なども、感染症が広がっている時期以外は使い道がない。感染症の専門医さえ、感染症が流行する時は死ぬほど忙しいのだけれど、流行っていない時には「無駄飯食い」のような目で見られる。

 

仲野 そうです、戦後の歴史のなかで感染病棟そのものが激減していますから。昔は赤痢や腸チフスなどの感染症が流行していたので、各地に患者さんを隔離する伝染病院や伝染病棟がありましたが。

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未知のものへの対応をめぐる医学の限界

内田 その頃と比べてニーズが減ったにしても、僕は医療にマーケットの用語を使うべきじゃないと思うんです。「需要と供給」とか「選択と集中」というような言葉は金儲けの時に使うものであって、人間の健康と生命にかかわる局面で出てくる言葉じゃない。ビジネスなら、製造コストが安ければなんでも海外にアウトソースするでしょうけれど、今度のコロナでわかったように、必要な医療資源が「金を出しても買えない」という状況になるのがパンデミックです。それなら、必要な医療資源は基本的に国内で生産して、調達できるようにしておくべきだと思います。ワクチン開発もどれほどコストがかかっても、原則的には国内でまかなえるシステムを作っておくべきだと思います。命がかかっている話なんですから、コストがどうこうと言って欲しくないです。

仲野 先生はよく「わけのわからないもの」に対応する能力についておっしゃってますが、未知のものへの対応をめぐる医学の限界、対処の難しさを痛感しました。比較的短期間でワクチンや飲み薬まで開発できたのは現代医学の勝利と言えます。ただ、スペイン風邪のときのように放っておいても3年くらいで自然に終わったのです。