浅田 小学生のときに思っていたのは、音楽室で一番損しているのはバッハで、得しているのはベートーヴェン(笑)。菊池寛は芸術家としては損しているかもしれないけれど、偉かったのは小説家の支援者であったということでした。これはもう大功績です。
今も昔もそうだけど、小説家って一人前になるまでに挫折しますよね。みんな貧乏なんです。そこからブレイクするまで、一段ずつ上がっていくやつなんていない。誰がメシを食わせてくれるかっていうと、いい家の子は得です。昔の作家って、すごい高学歴の人がそろっていました。いい大学に行ったっていうのは、実家にお金があるってことで、他は死屍累々なわけです。
菊池寛は、芸術にはパトロンが必要だっていう大原則を知っていたわけで、才能のある若者を育てました。たいへん立派な方だったと思いますよ。
小朝 僕はね、落ち込んでいる人に大金を渡してあげたっていう話が好きなんですけど。
浅田 旦那気質なんだね。
小朝 なぐさめるよりも、お金を渡したほうが早いですよ。これで気晴らしなさいって、どんなに救われるか。
浅田 なんでもいいよって、太っ腹でぽんとお金を出して、面倒をみたんですね。そういう旦那という種族は、死に絶えたと思います。
菊池寛は競馬好きで、将棋も麻雀も好きでした。『文藝春秋』や『オール讀物』を創刊して、今も続く芥川賞と直木賞をつくりました。でもね、小説を読んでいると、そんなに剛毅な人とは思えない。わりと繊細な人のような気がします。
小朝 かなり繊細でしょう。
浅田 菊池寛の小説の主人公って、すごい迷いますよね。ウジウジと考えるじゃないですか。私小説っぽい話が多くて他人事として書いていない。あの太っ腹なところって、ポーズだったのかなって思うんですよ。
小朝 そこがおもしろくて、落語にしようと思ったんです。今までの落語っていうのは、ほとんど深層心理を追求しません。菊池さんの小説は、心の襞(ひだ)に入っていきます。ちょっとした心の動きにクローズアップしますよね。
女房って、超能力者だから
浅田 お葬式の話や、お見舞いの話もありました。おもしろいですね。
小朝 菊池寛の小説のタイトルは「葬式に行かぬ訳」で、あの噺(はなし)、けっこう共感される方が多いようです。高座でやっていても、男性のほうが笑いますね。葬式に行きたくない人、たくさんいるんでしょう(笑)。お見舞いの話は「病人と健康者」で、お見舞いに来られて迷惑な気持ちとか、行くほうの優越感とか、そこに寄っていくとおもしろい。実際、落語界あるあるで、偉い師匠だからとりあえず行かなきゃとか、もう死んじゃうかなって思うとか、そういう心理を、菊池さんは書いています。