小朝 そんなになっちゃったの、みたいな感じです。談志師匠はたいへんな人たらしでした。魔法使いですから。
浅田 今でもおぼえているのは、東横の落語会を聞きに行ってさ、席がざわざわしていたら、声が小さくて聞こえない。わざとやってたのかな。
小朝 わざとですよ。
浅田 前でぼそぼそしゃべってんだけど、静まるのを待ってるんだね。こっちは何やってんだよって思ってんだけど、おもしろい芸だって、あとから気がついて。
小朝 何度もありましたよ。聞こえねえぞっていうヤジが。
浅田 いつもやってたんですか?
小朝 いつもです。聞こえねえぞ、となって、ひとりくらいは我慢してるんだけど、もうひとり、聞こえねえぞ、となってくると、じゃあ、1回幕閉めるから、嫌なら帰れって。
浅田 えー(笑)。
小朝 で、幕閉めて。
浅田 ほんとに閉めちゃった。
小朝 聞こえねえぞって言った人は帰りますよね。何人かはパラッと立つんですけど、それで開けさせて、残った人のために大熱演ですよ。そういうときの高座はいいんです。
浅田 ニ度と来ねえぞって人も、いるだろうな。
小朝 菊池さんじゃないけど、談志師匠も繊細で、とんでもない人たらしだけど、ちょっとしたことに傷つきます。傷つかないふりをしてるけど。
浅田 でしょうね。
小朝 何に傷ついたのかを、いつまでも覚えています。逆に、なんでうれしかったのかも記憶してるから、そのときの相手の心理も読める。で、みんな、参っちゃいます。
浅田 菊池寛の小説で言うなら、人間を書くということに卓越しているんだろうね。作家はみんなそうでなければならないんだろうけど、菊池寛はとくに生々しい人間を書いています。横光利一とか、すごく影響を受けていると思うな。人間観察眼が似ています。