1ページ目から読む
5/5ページ目

小朝 そんなになっちゃったの、みたいな感じです。談志師匠はたいへんな人たらしでした。魔法使いですから。

浅田 今でもおぼえているのは、東横の落語会を聞きに行ってさ、席がざわざわしていたら、声が小さくて聞こえない。わざとやってたのかな。

小朝 わざとですよ。

ADVERTISEMENT

浅田 前でぼそぼそしゃべってんだけど、静まるのを待ってるんだね。こっちは何やってんだよって思ってんだけど、おもしろい芸だって、あとから気がついて。

小朝 何度もありましたよ。聞こえねえぞっていうヤジが。

浅田 いつもやってたんですか?

小朝 いつもです。聞こえねえぞ、となって、ひとりくらいは我慢してるんだけど、もうひとり、聞こえねえぞ、となってくると、じゃあ、1回幕閉めるから、嫌なら帰れって。

浅田 えー(笑)。

小朝 で、幕閉めて。

浅田 ほんとに閉めちゃった。

小朝 聞こえねえぞって言った人は帰りますよね。何人かはパラッと立つんですけど、それで開けさせて、残った人のために大熱演ですよ。そういうときの高座はいいんです。

浅田 ニ度と来ねえぞって人も、いるだろうな。

小朝 菊池さんじゃないけど、談志師匠も繊細で、とんでもない人たらしだけど、ちょっとしたことに傷つきます。傷つかないふりをしてるけど。

浅田 でしょうね。

故・立川談志師匠

小朝 何に傷ついたのかを、いつまでも覚えています。逆に、なんでうれしかったのかも記憶してるから、そのときの相手の心理も読める。で、みんな、参っちゃいます。

浅田 菊池寛の小説で言うなら、人間を書くということに卓越しているんだろうね。作家はみんなそうでなければならないんだろうけど、菊池寛はとくに生々しい人間を書いています。横光利一とか、すごく影響を受けていると思うな。人間観察眼が似ています。

【続きを読む】

菊池寛が落語になる日

春風亭 小朝

文藝春秋

2022年1月11日 発売