浅田 繊細だけじゃなくて、“負の論理”がありますよね。松本清張は菊池寛の小説をよく読んでいたんじゃないでしょうか。清張さんの“悪の論理”って、犯罪者の事情を好んで書くのがおもしろい。菊池寛も、できれば見舞いって行きたくないって、はっきり書いちゃう。実は、みんなそうなんだ(笑)。心の中で思っているけど、けっして言わなくて。
小朝 小説に書くことで、自分が救われているんじゃないですか。
浅田 それが本音ですよね。義理堅かったんじゃないかな。ほんとは嫌々やってたと思うけど。
小朝 嫌々やってたんだろうし、いろいろと思っていたんでしょうね。お見舞いに行って、ベッドの上の友人は笑っているけど、そんなに喜んでないぞって。
浅田 学生時代の親友なら迷わず行くけど、会社の中にはいろんな人間関係があるから、できれば行きたくないとか、わかるんですよ。そういう気持ちは。
小朝 わかりますね。
東京人が嫌うもの「結婚式と葬式とお見舞い」
浅田 師匠は東京人だから、おわかりですよね。めんどくさい(笑)。東京の人間は、めんどくさいのが嫌いなの。その最たるものが、結婚式と葬式とお見舞いで。
小朝 こういうシチュエーションを書いた小説って、他にありますか?
浅田 ないことはないと思うけど、菊池寛の場合、上手なのは、どこまでが自分の経験談で、どこまでが作った話で、どこまでが借り物か、その借り物も、どこから取ってきたのか。民話なのか、外国の小説なのか、誰かから聞いた話なのか……。そういう組み方がバラエティに富んでますよね。アンテナを張り巡らせていたと思うし、頭も柔軟でした。
小朝 妻の直感の話も怖いです。菊池さんの小説は「妻は皆知れり」。
浅田 女房って、超能力者だから。
小朝 脳科学の先生が教えてくれたんですけど、右脳と左脳を、女性はいっぺんに使えるんですって。想像と分析を一瞬のうちにするんだから、鬼に金棒ですよ。しかも匂いに敏感で。
浅田 必ずバレる(笑)。
小朝 「時の氏神」も夫婦の物語で、吉本新喜劇みたいな話でした。あれは落語にしやすかったですね。ありがたいのはサゲ(オチ)がない。菊池さんの小説って、わくわくするじゃないですか。で、いっぱい考えるんですよ。サゲどうするんだって……。小説はサゲがなくて終わるのがほとんどで、こっちにするとラッキーです。サゲがついていると、それを尊重しなければならないけれど、サゲがないので、こちらでつけられます。