頭の中で起こっていることを「異世界」として可視化
――認知症は記憶障害などだけでなく、幻視が見えることもあるんですね。
筧 でも知らないと理解できないですよね。それに「この人は認知症だから」と、真剣に取り合ってもらえない経験が重なると、誰にも分ってもらえないと頑なになってしまうのも仕方ありません。認知症の方にかかわらず、伝えたつもりが、相手に伝わらず、イライラして、そのうち言わなくなるなんてことは、夫婦や仕事の同僚間のコミュニケーションでも起こりうるじゃないですか。
隣にいる相手にすら、認知症のある方が生きている世界は全く見えていないんだという事実に驚いた一方で、想像力さえあれば、そうした未知の世界が見えるかもしれない。もし見えれば、こうした問題は解決するのだろうと。そこから、認知症の方が生きている世界を知りたい、みんなに知ってもらいたいという思いで、頭の中で起こっていることを「異世界」として可視化しようと考えるに至ったんです。
迷い込んだ「ホワイトアウト渓谷」「顔無し族の村」…
――相手にどんな世界に見えているかがわかれば、受け止め方や接し方も変わりそうです。そうした世界を表現しているのが「ミステリーバス」などの名称やストーリーですが、悲壮感もないしすごくユニークです。
筧 認知症が抱えるネガティブなイメージを払拭したかったので、そこはチャレンジしたポイントです(笑)。インタビューで聞いた、人の顔がわからなくなる方のお話から「顔無し族の村」、いつの間にかタイムスリップするように過去と現在の区別がつかなくなってしまう方のお話から「アルキタイヒルズ」、当たり前に使っている言葉や記号が出てこなくなる「創作ダイニングやばゐ亭」など、具体的にストーリーに落とし込んでいったんですよ。
――トイレットペーパーがトイレの中にまだあるのにまた買ってきてしまうようなケースは、認知症じゃなくともよくあることだと思います。それを霧に消える絶景として「ホワイトアウト渓谷」とされていますよね。
筧 トイレットペーパーを何度も買ってきてしまうようなことは、単純に買い物の記憶を喪失してしまうといった解釈をされていたと思うんです。そういったケースも、もちろんあるでしょうが、実は他の理由もあるんですよ。
認知症のある方の一人暮らしのご自宅に伺ったとき、衣類がタンスなどに収納されていなくて、すべて外に出された状態だったんです。近くに住む親類の方が言うには、「衣装ケースのここに下着、ここにズボンとちゃんと分けて入れていたのに、だんだんそこに入れられず、必要なものが出せなくなった」と。