認知症のある人たち100人へのインタビューを通し、本人の視点から認知症の世界がどのように見えるかを「異世界」を旅するゲーム感覚で紹介した筧裕介氏の『認知症世界の歩き方』(ライツ社)。現在、9万部超を売り上げる大ヒットとなっている(12月初旬現在)。
本書では認知症の特徴的な症状が、視界も記憶も同時にかき消す深い霧「ホワイトアウト渓谷」、メニュー名も料理のジャンルもない名店「創作ダイニングやばゐ亭」、時計の針が一定のリズムでは刻まれない「トキシラズ宮殿」などと題されて解説されている。
“異世界転生もの”のノリで、認知症ゆえの困難をなぞることができるのだ。
いったいなぜこういった本を? 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科特任教授で、ソーシャルデザインファーム「issue+design」代表の筧裕介氏にインタビューした。
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汚れたニット帽を絶対に脱がない男性
――『認知症世界の歩き方』の、認知症と“異世界”を組み合わせるという斬新な発想は、どこから生まれたのでしょうか。
筧裕介氏 若年性アルツハイマーを発症された丹野智文さん(前編既出)が、ご自身が参加する認知症のある方同士が集う会で出会ったある高齢のご夫婦の話をしてくださったのですが、それがきっかけになりました。そのご夫婦は旦那さんが認知症のある方で、奥さんが健常な方。その奥さんが「うちの旦那は絶対にこのニット帽を脱いでくれない。汚いし、臭いも発していて、衛生的に良くないから、洗濯をしたいけど、脱がそうとすると暴力的になって大変だ」と言ったそうなんです。
――暑い日だとより大変そうですね……。何かに執着してしまう、という症状もあるんですか?
筧 それがちょっと違うんですよ。こだわるのにはちゃんとした理由があるんです。
丹野さんはまず奥さんに少し席を外してもらって、旦那さんと2人で話したんですね。そこで、話をよく聞いてみると、彼は「頭上に木の枝のようなものが垂れ下がっているのが見えるから、枝から頭を守るために帽子を被っている」と語ったと。レビー小体型認知症ではこうした幻視が見えることがあるんです。最初はご本人も奥さんにそれを伝えようとしたけど、分かってもらえなかったそうです。それでご本人は徐々にコミュニケーションをすることを諦め、自分で頭を守ろうとした結果、かたくなにニット帽に固執しているように見えたんです。