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「白いカーテンが数千匹もの蠅で真っ黒に…」 “孤独死物件”の現場に見る「無縁社会」日本の深刻化

コロナ禍の孤独死 #2

2022/01/08
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黒色の厚手のカーテンかと思ったら大群の蠅が

 特殊清掃業者と共にA氏が物件に突入すると、正面に黒色の厚手のカーテンが揺れるのが見えた。

 しかし目を凝らすとそれは、だまになった蠅の大群だった。数百、いや数千もの蠅がカーテンにへばりついていたのだ。

©️iStock.com

「とにかくあのカーテンの蠅には驚きましたね。特殊清掃業者がスプレーをかけると、蠅たちが死んで真っ白なカーテンが露わになりました。カーテンの色って本当は白だったんですよ。部屋の中からはマンションの権利証や、現金が数百万円ほど見つかったんです。女性はお金だけは貯めていたのでしょう。だけど、近隣住民や親族との付き合いは皆無だったみたいです。切ないですよね。こんな現実を毎日見ていると、日本は沈没しつつあると思いますね。

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 物件は分譲マンションだし、亡くなられた方は貧困世帯ではないんです。そこでも孤独死が起こって大問題になっている。ご親族に話を聞くと、亡くなったおばあちゃんは昔から、『人に迷惑をかけたくない』というのが口癖だったそうです」

 A氏は、そう言ってうなだれた。

「迷惑をかけたくない」という言葉

 孤立、孤独研究の第一人者である早稲田大学の石田光規教授は、『孤立不安社会』(勁草書房)の中で、「迷惑をかけたくない」という言葉に注目する。

「この言葉は、選択性を増し、自己決定の領域におかれた人間関係の暴力性を象徴している。関係性に頼ることなく、一人で生活してゆけるシステムの整備は、これまで人と人とを半強制的に結びつけていた社会的拘束を縮小させる。(中略)そのような状況下での関係性への依存は、個々人の努力の放棄や怠慢を意味し、『甘え』や、『他者への迷惑』といったラベルを貼られる。かくして人びとは『迷惑をかけたくない』という“消極的”理由により、人間関係からの“自発的”撤退を強いられるようになる。『選択的関係』が主流化した社会では、自主性の皮を被らせて、関係を維持しうる資源をもたない人びとを巧妙に排除してゆく」

 つまり、コンビニやウーバーの普及により、人々は便利になった。

 誰かに頼らなくても一人で生活できるようになり、既存の人間関係に縛られることも少なくなった。人々は昔ながらのしがらみを解かれてより多くの自由を得るようになったといえる。

 その一方で、何かと家族などの血縁関係に助けを求めたり、執着することは「重荷」に捉えられ、自分でできることは自分でやるという風潮が強くなった。要は「血縁」ではなく「選択縁」を重視する社会、関係性を自助努力で構築しなければならない社会になったのである。