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 東芝川崎工場は前身の東京電気川崎工場として1908年に誕生、1999年まで多くの工業製品を世に送り出した。まさに工業都市のターミナル・川崎のシンボルのような存在だったといっていい。さらに駅周辺にはまだまだたくさんの工場があった。

 

 西口の北側、ソリッドスクエアという高層ビルが建っているあたりには明治製菓の工場があった。そのすぐ北の川っぺりには明治製糖の工場。明治製菓は1925年、明治製糖は1906年の開設だ。帝都・東京と貿易港・横浜のほぼ中間という立地がゆえか、駅が開業してから半世紀ばかり経って川崎駅の西側は大工業地帯になったのである。

 駅のすぐ隣にこれだけ工場ができたということは、すなわち工場以前には広大な空き地があったということだ。もっといえば、川崎駅の西側はかつて不毛の地であった。それがゆえに、工業地帯を経てラゾーナ&ソリッドスクエアの町になったのだから、歴史というのは難しい。

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古くからの中心地、東口に行ってみた

 そしていっぽう、ラゾーナ&ソリッドスクエアとは反対側、駅前広場の向こうに京急線の高架が通る東口は、古くからの川崎の中心地であった。

 ラゾーナを背に川崎駅の自由通路を抜けて東口に出ると、こちらは西口と比べてもかなり大きな駅前広場が待っている。駅舎に近い側にタクシー乗り場があり、その奥にバス乗り場。バス乗り場のほぼ真上を京急の高架線が通る。京急川崎駅はそんな広大な駅前広場を抜けて高架下を少し北に歩いたところだ。

 

 いわゆる川崎の町の中心は、この東口一帯に広がっている。

 駅前広場からはハの字のように東に向かって2本の大通りが延びていて、それらを南北に結ぶアーケード。チェーン店からなにからなにまで揃っているような、典型的な繁華街である。ラゾーナに負けないくらいにとにかく人通りが多く、老若男女が行ったり来たり。行列のできるような店もあったりして、150万都市の中心繁華街らしい賑わいぶりだ。

 

 川崎駅東側の繁華街は、歴史をたどると鉄道以前の時代にルーツがある。かつての街道、東海道の川崎宿があったのが、ちょうどこのあたりなのだ。

 旧東海道はいまも健在で、南北のアーケード街から1本東の筋がそれ。アーケードはいわゆる典型的な都市型商店街の雰囲気だが、1本東の旧東海道に移ると明らかに雰囲気が違うのがわかる。べつに古い宿場町の面影たっぷりというわけではないのだが、どことなく落ち着いていてそれなりに歴史を刻んでいそうな店もいくつか。古い地図からも、ちょうど旧東海道沿いから川崎の市街地が発展していったことが見てとれる。