歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏による論考「『老人支配国家』に明日はない」を一部公開します(「文藝春秋」2022年2月号より)。

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 今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、歴史の流れに何か新しい変化を加えたわけではない、と私は見ています。しかし一種の“スキャナー”のように、世界各国の状況を浮き彫りにする役割を果たしました。

 まず見過ごすべきでないのは「世代間の問題」です。新自由主義が推進してきた数十年にわたるグローバリズムで恩恵を受けてきたのは「先進国の高齢者(戦後のベビーブーマー世代)」で、産業の空洞化で最も犠牲を強いられたのは「先進国の若い世代」です。あくまで冗談めいた比喩ですが、コロナによる死者が高齢者に集中しているのは、あたかも「グローバル化のなかで優遇されてきた高齢者を裁くために、神がウイルスを送り込んだ」と見えなくもありません。

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先進国における「老人支配」を問題視するエマニュエル・トッド氏

 ただ同時に、新型コロナは「老人支配」が依然として続いていることも明らかにしました。「死者数」は膨大でも、その大部分は高齢者。現役世代の死者はわずかで、コロナ以前に想定されていた高齢者の寿命を縮めはしたものの、人口動態全体に与えるインパクトは大きくありません。要するに「老人」の「健康」を守るために「若者」と「現役世代」の「生活」に犠牲を強いたわけです。日本のように「高齢者の死亡率」を抑えた国でも、今後「出生数の減少」と「自粛生活が全世代の平均寿命にもたらす悪影響」の方が明らかになってくるでしょう。社会が存続する上で「高齢者の死亡率」よりも重要なのは「出生率」であることを忘れてはいけません。

 フランスでは、現在、50歳以上ではなく、健康リスクがほとんどない12歳以下の子供を対象にしたワクチン接種の義務化が議論されています。社会全体で感染を抑えることは健康リスクのある高齢者には有益ですが、これなども「老人支配」の極みと言えます。

「老人支配」の進む日本

「老人支配」は先進国共通の現象です。2020年時点での各国の中位年齢(推定)は、日本48.9歳、ドイツ47・4歳、フランス41.9歳、米国38.6歳(総務省統計局「世界の統計2016」)です。こうした「高齢化」は社会にどんな影響を与えているのでしょうか。

 私は『老人支配国家 日本の危機』(文春新書)において「英米のアングロサクソン社会が常に世界史を牽引してきた理由」についてこう述べました。