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自覚できない生産性低下

 睡眠不足は健康に悪影響をもたらすだけでなく、仕事の生産性も下げる。

 48名の被験者を、無作為に異なる睡眠パターンに割り付けて、頭の働きを評価した研究(*10)がある。この研究において被験者はそれぞれ、4時間、6時間、8時間睡眠を14日間続ける3つのグループ、そして3日間徹夜という合計4つのグループに割り付けられ、PVT(精神動態覚醒水準課題)テストと呼ばれる覚醒水準や作業能力を評価するテストを受けさせられた。その結果、睡眠時間が短いほどミスが多いということが分かった(下図参照)。

*10 Van Dongen HPA et al. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep. 2003;26(2):117-126.

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 くじ引きやコインを投げてその結果によって、介入(薬など)を受けるグループと受けないグループの2つに割り付けるRCTのこと。RCTでは2つのグループの唯一の違いは介入を受けたかどうかであるため、介入の因果効果を正しく評価できる。一方で、このような実験を行わずに、集団を外から観察して、その中で介入を受けていたグループと、受けていなかったグループを比較する研究手法があり、「観察研究」と呼ばれる。この場合、2つのグループは色々な点で異なるため、本当に介入の影響を見ているのか、その他の要因の影響を見ているだけなのか見分けることが難しい。年齢や性別などデータに含まれる要因に関しては、統計的な手法を用いることで影響を取り除いて比較することができるのだが、「健康意識」などデータに含まれない要因の影響は統計的に取り除くことができないため、観察研究から得られた結果は、RCTから得られた結果よりも信頼性が低いとされている。

睡眠時間と作業効率および眠気の関係 出典:Van Dongen HPA. 2003を参考に筆者作成

 さらに興味深いことに、自覚している眠気の強さとミスの頻度は比例していなかった。図1Bを見てほしい。3日間徹夜の人のグループを除いて、睡眠時間の長短にかかわらず、4~5日すると眠気はそれ以上強くならなかったのである。さらに、眠気の強さに関しては、6時間睡眠でも4時間睡眠でも大差なかった。つまり、自分が眠気を自覚しているかどうかは関係なく、睡眠不足は気づかぬうちに私たちの生産性を落としているのである。

 睡眠不足による経済的損失も大きい。アメリカを代表するシンクタンクであるランド研究所が2016年に出版したレポートによると、睡眠不足による生産性の低下によって、日本では毎年60万日分の労働日数が失われており、これによる経済損失は実に約15兆円(GDPの3%)に上ると試算(*11)されている。

*11 Hafner M et al. Why Sleep Matters ̶ The Economic Costs of Insuffi cient Sleep: A Cross-Country Comparative Analysis.Rand Health Q. 2017;6(4):11.