映画『惡の華』の舞台挨拶に立つ伊藤健太郎を見た時のことを、今でもよく覚えている。

 客席の大半は女性客で、多くが彼のファンなのではないかと推測したが、上映後に客席の空気が変わってしまわないか、僕は心配になったものだ。映画『惡の華』で主演の伊藤健太郎が演じたのは決して格好良い役ではなく、思春期の自意識と性の鬱屈を持て余して犯罪的な行為に走る少年の役だったからだ。

首をひねったキャスティングだった

 そもそも映画を見る前、この役は伊藤健太郎にはミスキャストではないかと思えた。地方都市の鬱屈した中学生という役柄に対し、彼の身長は179cmあり、筋肉質な体型だ。爽やかなイメージも、女子の体操着を盗んでしまうような役柄にはまるで合わないように思えた。

ADVERTISEMENT

 人気若手俳優がミスマッチなキャスティングをされることは日本映画にしばしばあることだが、それにしてもなぜ伊藤健太郎もこの役を受けたのだろう、イメージにも響きかねないような役だが、とセンセーショナルな予告編を見ながら首をひねったことを覚えている。

伊藤健太郎 ©時事通信社

 だが実際に映画を見ると、彼の演技は素晴らしいものだった。映像の上では周囲の同級生役より明らかに背が高く(180cm級の脇役をひとクラス分集めることなどそうそうできない)、胸板の厚さも隠しきれていないはずなのに、主人公を演じる伊藤健太郎の目には鬱屈した思春期の暗い光が宿っていた。

 甘いマスクと長身のスポーツマン体型にもかかわらず、彼はどこか影のある人物、「陰キャ」を演じることができる稀有な若手俳優だった。

満場の観客からは大きな拍手

 昨年『週刊文春CINEMA!』で伊藤健太郎と対談した『惡の華』の井口昇監督は、映画『覚悟はいいかそこの女子。』を撮影した際、「長身で体育会系っぽくて格好いい健太郎さんに『この役、できるのかな?』と…(中略)…ところが見事に演じられてびっくりした」と語り、『惡の華』のキャスティングは演技力を見ての指名だったことを明かしている。

 舞台挨拶のイベントで『惡の華』の上映が終わりキャストが登壇すると、満場の観客からは大きな拍手が上がった。印象的だったのは主演の伊藤健太郎と同じ、あるいはそれ以上に井口昇監督に大きな拍手が観客から贈られたことで、その監督への拍手には彼のファンが映画の質の高さを認めたこと、キャスティングした井口監督への感謝が込められているように感じた。彼の演技力を評価する、目の肥えたファンが伊藤健太郎にはいるんだな、とその時に感じたものだ。