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 検察が断じるまでもなく、彼が受けた社会的制裁はとてつもなく大きい。週刊新潮のインタビュー記事では、一時は7億9000万、という途方もないCM違約金や賠償が生じ、その後いくらか減額に応じてもらえたとはいえ「請求額のあまりに大きすぎる数字に一時は立ち尽くすと言いますが、どう受け止めていいのかわからない時期もありました」と伊藤健太郎は語る。

「一刻も早く働いて負債を返済しなくてはならない」という義務と、「あんな事件を起こして、もう復帰するつもりか」という視線の板挟みになりながら、彼は芝居の力だけを頼りにまた歩き出すことになる。

70席の小劇場からの再スタートで、共演した女優

 配信サービス、Paraviで彼の復帰ドキュメンタリー『RealFolder』を見た。池袋の小劇場から再び役者として再出発する伊藤健太郎を追った映像は、その復帰舞台で共演する俳優たちを映し出していく。

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 工藤遥は自身の初主演作、『のぼる小寺さん』で伊藤健太郎と初共演した記憶を振り返り「2年前にくらべると男っぽくなった」と目の前の彼にハスキーな声で笑いかける。あの事件の報道で日本中のメディアが彼の人間性を批判し、交際する女性にまで矛先を向けたあとに、まるで再会したクラスメートのように笑いかけてくれる俳優仲間を彼は持っているんだな、と思った。

釈放され謝罪する伊藤健太郎 ©文藝春秋

 身もフタもないことを言えば、伊藤健太郎の復帰舞台というのは共演俳優にとって火中の栗だ。たった70席のパイプ椅子を並べた小劇場で彼の復帰に共演するのは、多くのファンを持つ若手女優として避けようと思えば避けられるリスクではある。だが工藤遥の記憶には、初主演映画で相手役を演じた伊藤健太郎を「また芝居をしても良い相手」として残っていたのだろう。

事件後に公開された主演映画はふるわなかったが…

『のぼる小寺さん』の伊藤健太郎は、くすぶる青春を送りながら、ボルダリング部で壁を登る同級生をまぶしく見つめ、やがて自分自身も変わっていく少年の役だった。伊藤健太郎が月のように太陽の光を受け、三日月から満月のように変わっていく演技によって、初主演の工藤遥は太陽のように輝きを増して見えた。そう言う風に自分を支えてくれた俳優のことを、若い主演女優は忘れないものだ。たとえその相手役が世間に袋叩きになり、70席の小劇場から出直すことになっても。

 事件後に公開された伊藤健太郎の主演映画『十二単衣を着た悪魔』は興行的にもふるわず、現代のアルバイト青年が源氏物語の世界に迷い込む内容にも荒唐無稽という冷笑がネットに書き込まれた。だがその突飛なストーリーを内館牧子が小説に書き、黒木瞳が監督として映画化したのは、源氏物語というフィクションの中で悪魔化された女性・弘徽殿女御の中に、現代の価値観の中で回復すべき尊厳を見たからだろう。