「ふざけるなという気持ちです。告訴するだけしておいて、不起訴になって都合が悪くなったらそのことに触れないなんて。私のところへ温泉協会の女将たちをはじめとした女性の応援者がたくさん来てくれたのは、彼女たちが『あんな手を使って町長を貶める候補者を許せない』と怒ったからですよ」

 選挙期間中、こう憤ったのは1月23日に投開票された群馬県・草津町長選挙で4選を果たした黒岩信忠町長(74)だ。黒岩氏が「ふざけるな」と怒りを隠さないのは、同選挙に立候補した新井祥子氏(52)が2019年に告発した「町長のセクハラ疑惑」についてだった――。

セクハラを告発された黒岩氏と、告発した新井氏

 日本一の温泉街でにわかに沸き起こった“疑惑”。同町選挙は「町長のセクハラ疑惑」が争点になる異例の展開となった。町民にとってはあらぬ形で「全国的な注目」を集めることになった選挙戦をルポする。

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 群馬県の温泉地・草津を“町長セクハラ疑惑”が襲ったのは2019年のことだった。新井氏が黒岩町長から2015年1月8日に町長室で性行為を強要された、と告発したのである。

 新井氏の主張では、ソファに座って話している時に黒岩氏から「横においで」と言われ、床に押し倒され性行為を強要されたという。行為に及んだのは、町長のデスクと椅子の間でちょうど陰で見えづらい場所だったというが、黒岩氏は一蹴。マスコミのカメラの前で新井氏に「どこで犯されたか指してみなさい」と問い詰めるような強硬姿勢で真っ向から反論した。

両陣営がチラシを配り合う泥仕合に

 その黒岩信忠町長の任期満了に伴う町長選挙(1月18日告示、23日投開票)に、打倒黒岩氏を掲げて新井氏が立候補した。それによって、普通であればさほど注目されなかったであろう人口6000人余りの街のいち地方選挙が一躍全国の注目を集めることになった。地元紙の記者が語る。

騒動の舞台となってしまった町長室。カーテンが開いていれば外からも中の様子がよく見える ©文藝春秋

「黒岩町長は告発の内容を全否定、逆に新井氏を名誉棄損罪で訴えるという反撃に出ました。互いの主張は真っ向から対立し、町長をはじめとした町議会はすぐに新井氏のリコール運動を展開。2020年12月に行われた住民投票の結果、90%以上の有権者がリコールに賛成して新井氏は議席を失いました」

 圧倒的な票で不信任を突き付けられた新井氏だが、草津町を離れることはなく支援者とともに自身の主張の正当性を訴え続けた。

街頭で演説する新井祥子候補 ©文藝春秋

「新井氏は昨年の12月に黒岩町長を強制わいせつ罪で告訴しましたが、受理からわずか4日後に不起訴になりました。黒岩町長はその後、新井氏を虚偽告訴罪で逆告訴。こちらは現在も捜査が続いており、新井氏にとっては強い向かい風が吹いていると言えます。だからこそ、まさか町長選に立候補するとはほぼだれも想像していませんでした」(同前)

 両者の対立は、町長選挙の告示前から始まっていた。昨年9月頃から、新井氏とその陣営は草津町の各家庭に「新井祥子元町議を支援する会」と題した新聞折込チラシの投函を始めた。チラシの内容は、黒岩氏の発言の矛盾点などを指摘するものだったという。例えば、12月に配られたチラシには以下のような文が掲載されていた。

新井陣営が各家庭に投函したチラシの一部

「裁判所・警察・議会その他全てを騙せると黒岩信忠町長が思い込んでいたのは、彼こそは、町長室が密室であったことを誰よりもよく知っていたからでしょう。完全密室だったから、新井さんは何一つ物的証拠を持っていないと安んじて真っ赤なウソをつき、証拠のデッチアゲも安んじてできたのでしょう!」(12月付「新井祥子元町議を支援する会(5)」より)