原爆の話を自分事として向き合うために紡いだもの
――二人が心を通い合わせる部分もありますよね。 実は一心君は、小学生の頃に妹を病気で亡くしています。
吉田 鈴さんと一心君が共鳴するものはなんだろうと考えた時に、やはり、大切なものを喪(うしな)った体験だろうなと思いました。
直接的に原爆の話を語ったところで、経験したわけでもない読者には他人事として受けとめられるだろうと感じていたんです。もっと自分事として向き合えるようにするためにはどうしたらよいかと考えてみたときに、大切な人との別れという経験なら、ほとんどの人が持っているのではないかと。そこを丁寧に紡いでいけば、描きたかったものは伝えられるのかな、と考えました。
吉田 佳乃子さんも、一心君の妹も、生前に「自分は被害者として死にたくない」と吐露します。体験していないので安易なことは言えませんが、もし自分が若くして死ぬとなって人生を振り返った時、こうやって死ぬために生まれてきたわけじゃないだろうって思う気がするんです。その悔しさみたいなものが、ああした言葉として出てきました。でも、難しいですね。原爆は本当は、僕なんかが語れるような話じゃないので。自分なりに考えてはいるんですけれど。
――鈴さんが米アカデミー賞の贈賞式で語るはずだった、幻のスピーチ原稿がありますよね。あの内容は最初から考えていたのですか。
吉田 最初から考えていたわけではないのですが、途中からはっきりと、鈴さんから一心君に何かメッセージを託したいと思うようになりました。
――それがすごくよかったです。それにしても、原爆のことを書くところから始まり、女優の一代記を作り上げ、楽しく読ませた後に最後に書きたかったことをちゃんと伝えていて……。出発点を聞いて、改めて、この構成のすごさを実感しました。