――吉田さんはもともと、幅広く映画を御覧になっていますよね。昔の日本映画で好きな監督や作品は?
吉田 あちこちで言っているんですが、成瀬(なるせ)巳喜男(みきお)監督の映画は大好き。決して派手ではないけれど、日常におけるドラマティックなことが洗練された形で表現されているんです。たとえば『女が階段を上(あ)がる時』という映画は、主演の高峰秀子さんが演じる銀座のバーの雇われマダムが、ちょっと男に騙されるというだけの話なんですけれど、これがなんとも味わいがあって。騙される顚末や登場人物ひとりひとりにリアリティがありますし、ちゃんと最終的に“階段を上る”という、女性の力強さを感じさせる作りになっている。成瀬作品は、人間が生きていく上でのしぶとさみたいなものを感じさせるところが好きですね。
20代男性と80代女性の恋
――鈴さんの過去と並行して描かれるのが、現代パートでの鈴さんと一心君との交流です。一心君は桃ちゃんに恋していますが、次第に鈴さんにも惹かれていくようになりますね。
吉田 僕はいつもそうなのですが、最初からプロットを固めているわけではなく、書き進めていく中で登場人物の声を聞き、心情の変化を決めていくんです。自分が一心君になって、目の前にいる80代の美しい女性がどのように生きてきたのかを知っていく感じで。
吉田 最初のうちは、一心君は桃ちゃんに振り回されているので、鈴さんどころではないんですよね。そうスタートさせたのがよかったんだと思う。一心君と桃ちゃんがうまくいけばいいのにと応援しているのに、彼らの関係にはどうしても齟齬(そご)が生まれてきて、もどかしい。そんな時に横にいるのが鈴さんで、だんだんこちらも、一心君と鈴さんが上手くいけばいいのにという気持ちになってきた。
その過程で、20代男性と80代女性の恋愛物語が、なぜ成立しづらいんだろうと考えるようになりました。最後のほうで一心君が「眠れない時に鈴さんのことばかり考えている」って言うじゃないですか。その時に、ふっと80代の女性って眠れない時に何を考えるんだろうと思ったんですよね。昔、僕の叔母が「死んだ人のことばかり考える」と言っていたのが印象的で、それを鈴さんの台詞として書きました。あの言葉を思い出したことで、歳があまりに離れた二人には、やっぱり恋愛が成立しづらい理由はあるものなんだなと思いました。