昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載日の丸女子バレー 東洋の魔女から眞鍋ジャパンまで

2022/01/29

source : 文藝春秋

genre : スポーツ

名門実業団チーム・日立の誕生

 山田は東京五輪が始まる前、日本バレーボール協会に「どんなことでもするから、五輪を手伝わせて欲しい」と頼み込んでいた。しかし、前年度に全日本高校選手権で三鷹高校を日本一に導いてはいたものの、大した選手キャリアのない一介の高校教師を、相手にする者は誰もいなかった。仕方なく山田は、八方手を尽くし入場券を手に入れ観客席に腰を下ろした。

全日本女子バレーを率いることになる山田重雄 ©文藝春秋

 1974年の世界選手権、76年のモントリオール五輪、77年のワールドカップで金メダルを獲得し、世界初の三冠監督になる男は、この決勝戦以降、全日本監督のポストに激しい執念を燃やすことになったのだ。

 山田は東京教育大学(現筑波大学)在学中に、履歴書の束を携え「私売ります」と、東京多摩地区の中学校を片っ端から訪ね、アルバイト先としてバレー部コーチの職を求め歩いた。唯一採用してくれた八王子第二中学校の用務員室に住み込み、3年で同中学を東京都大会で優勝させた。かつて山田が語っていたことがある。

「その頃、プロ野球のスカウトを描いた『あなた買います』という映画が人気だった。だからその裏をついたんです」

 当時の山田は、中村姓だった。八王子市で「山田の森」といわれる広大な土地を所有し、子供のいなかった山田義治・三枝子夫妻が、山田の熱心な指導ぶりに惚れ込み、養子縁組をしたのである。

z