『現代生活独習ノート』(津村記久子 著)講談社

 ツイッターを見すぎたり、すべての食事をコンビニですませてしまったりするようなとき、いったい自分は生活をしているのだろうかと思うことがある。『現代生活独習ノート』に収められた8篇を読むと、けれどこれらも確かに“生活”なのだと実感する。刻々と移り変わる現代生活を乗り切るためには、ある種の知恵が必要なのだとも。

「レコーダー定置網漁」は「粗食インスタグラム」とおなじくらいタイトルのユーモアが効いているが、2篇に共通するのは語り手が“判断すること”に疲れている点だ。SNSチェックが業務の“私”は、「~するべき」という脅しのような訴求を受け続け、休暇を楽しむ気力すら失ってしまっている。ハードディスクに映り込んでいた番組を観るうち回復していくのだが、その出演者のこんな言葉に、深く頷く――「情報で目が肥えた気分になって批評家のように他人を見る知人友人家族など、敵なのか味方なのかもはっきりしない」発信者からの情報に、私たちは日々晒されている。

「粗食インスタグラム」のほうでは、きれいなご飯の写真を見るとつらくなる主人公が、自分のひどい食生活をSNSにあげるうちに食べる気力を取り戻していく。食欲をなくした理由には、撒き菱のように日々に埋め込まれた暴力の存在がある。他人の恋愛事情について、こちらも興味を持っていると決めつけて教えてくる同僚や、女であるというだけで「まるで鹿威(ししおど)しのように」酒を注がねばならない飲み会。津村氏の描く主人公たちは感度のよいセンサーを持っていて、そうした撒き菱を察知する。だからこそ疲れてしまうのだが、そうやって言語化されることで、読者は共感という機能を通して確実に救われもするのだ。

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 おおきな物語を解体していく手つきもまた見事だ。「牢名主」の主人公は、相手を共依存関係に引き込んで精神的に収奪する症候群の、被害者にあたる者らの自助グループに通う。話が合うひとも違和感を掻きたてるひともいて、被害者同士は連帯できる、エンパワーメントが必ず機能するという幻想を、仮に読者が持っていたとしてもそれは崩される。悪を見抜くまなざしは殊のほか鋭く、全篇に共通する優しさと強さとがよくあらわれている。

 冷蔵庫の領地争いをする「台所の停戦」は、コロナ禍で家時間が増えた現在いっそう身につまされるし、「メダカと猫と密室」に登場する上司や同僚は味わいがあって忘れがたい。これまで出会ってきた主人公たちの原点を見るようでもあるのが最後の「イン・ザ・シティ」だ。14歳のキヨはふとしたことから仲良くなったアサに向けて、架空の国の地誌を書き綴る。受験や母親との軋轢など、ままならなさの絶頂にある思春期に、彼女たちが作ろうとする王国のかけがえのなさ。そのきらめきに、現代を生き抜くちからをもらった気がする。

つむらきくこ/1978年、大阪府生まれ。作家。2009年、「ポトスライムの舟」で芥川賞、13年、「給水塔と亀」で川端康成文学賞、17年、『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、20年、「給水塔と亀」でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞受賞。
 

たにざきゆい/1978年福井県生まれ。作家、近畿大学文芸学部准教授。著書に『鏡のなかのアジア』『藁の王』など。

現代生活独習ノート

津村 記久子

講談社

2021年11月19日 発売