熊本市の慈恵病院は2月4日、「内密出産」を希望して同院で出産した女性の赤ちゃんが熊本市児童相談所に一時保護されたことを発表した。内密出産とは、予め病院が定めた人物にだけ母親が情報を伝え、出生届の母親の欄は空欄にして提出。将来、子どもが実母を知りたいと思ったときに情報を伝えられるようにするものだ。だが、日本ではまだ法整備が進んでいない。出生届や戸籍などの手続きはこれからだ。これまでの経緯と、慈恵病院がなぜ内密出産の実施に踏み切ったのか、背景を取材した。

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2021年12月、ある未成年の女性が出産した

 女性が慈恵病院に入院したのは2021年12月。女性は未成年だ。医師や助産師の助けを借りて順調にお産が進み、出産した。女性は産み終えると呆然としたような、脱力しきった顔をした。

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分娩室は個室だ。女性はこの部屋で出産した(著者提供)

 女性の背景には家族の問題があった。両親は女性が小学生の頃に離婚。その後、過干渉になった母との関係に苦しんだ。関係は悪化し、高校の途中で家を出され、中退。妊娠に気づいたのは、仕事先の寮生活に馴染んだ頃だった。受診した病院で予定日を伝えられた。同い年の恋人は暴力を振るう人だった。妊娠を告げると彼は逃げた。職場や友人には妊娠を気づかれなかったが、予定日は刻々と近づく。

 ネットで探して慈恵病院のSOS妊娠相談にメールをしたのは妊娠9カ月目の朝だった。メールでやり取りが始まった。相談員は、「。」ではなく「、」でぷつっと切れるようなメールの文体に、女性の混乱を感じ取った。連絡は次第に途切れた。相談員は「心配しています」とメールを送り続けた。

出産に立ち会った医師の一人は「よく頑張った。誇りに思ってください」と女性をねぎらった(著者提供)

「どうしていいかわからない」予定日は5日後に迫っていた

 しばらく間が空いたのちに「どうしていいかわからない」とのメールが届いたとき、予定日は5日後に迫っていた。地元の病院を探すことを相談員が提案したところ、本人は「熊本に行きます」と意志を示した。

 慈恵病院では緊急体制を組み、受け入れを決定。新幹線で熊本に向かう駅から「胎動が感じられなくなった」と連絡を受け、院長で産婦人科医の蓮田健氏は女性に胎動カウントを指示。胎動カウントとは30分の間に何回赤ちゃんが動くかを数えることだ。その後、軽い陣痛が始まった。