それでも彼女たちに比べて今回の女性は意志が固いと感じたと真琴氏は言う。
「彼女は自分では育てないと決めて熊本に来ていたと私は思います。いちばんの理由は、自分のお母さんに知られたくないということでした。過干渉に傷ついていましたが、それでもお母さんが好きで、『お母さんにはあなたしかいない』と言われた言葉が深く残っていました。お母さんという壁は越えられないようでした」
誤算は赤ちゃんに深い愛情が湧き上がったこと
だが、女性が自分で育てられるかは別の問題だと真琴氏は言う。
「寮では赤ちゃんは育てられませんし、女性の仕事は不安定でした。ひとりで赤ちゃんを育てるには厳しい環境にいるのも事実です」
女性は事前に特別養子縁組の仕組みを詳しく調べていた。厳しい審査を受けた養親に育てられる方が赤ちゃんにとって幸せだからと、特別養子縁組を希望することを伝えたという。
誤算は赤ちゃんに深い愛情が湧き上がったことだった。女性が声をあげて泣き崩れる姿に真琴氏は接していた。これほど赤ちゃんが可愛く思えてしまうとは考えていなかったと女性は漏らしたという。
赤ちゃんを連れ帰った3人のその後はさまざまだ。赤ちゃんの一時保護を求め児相に連絡した人、一緒に育てると言ってくれたはずの自分の母親との間に軋轢が生じた人、毎日をやっとの思いで乗り越えている人。孤立出産は避けられたものの、育児環境は孤立している。
健氏は「母が翻意することが必ずしもハッピーエンドとは限りません。女性の状況をしっかりと見て、女性はもちろん、赤ちゃんの幸せを考えて具体的に取り組んでいかないといけない」と指摘した。
赤ちゃんに「可愛いね」「大事だよ」と話しかける看護師たち
新生児室の赤ちゃんたちが家族に抱かれて退院していく中、この赤ちゃんの滞在は1カ月が過ぎた。看護師たちは「可愛いね」「大事だよ」と話しかけ、名前を呼びながらお世話をした。「大事だよ」という言葉には慈恵病院に託して去った母を代弁する気持ちがある。看護師の山村麻未氏は「赤ちゃんはまだ目が見えるわけではないですが、声がけをすると笑ったりじっと目を見てくれたりします。赤ちゃんの豊かな表情は大人の心を動かします。これから、たくさんの人に可愛がってもらえることを願っています」と話した。
ある午後、赤ちゃんは児相の職員に抱かれて慈恵病院を出発した。ひとりで社会に出て行く赤ちゃんを、報道を見た人から贈られた新品のベビー服を着せて送り出した。
今後、赤ちゃんにとっての幸せな環境の整備、そして出自情報の取り扱いや管理をどのようにしていくか。「実母と赤ちゃんのつながりを途切れさせないことが最も重要だ」と健氏は強調した。