「だまし討ちとしか言いようがない」
物騒な発言が飛び出したのは、5月、熊本市の慈恵病院で開かれた記者会見の終盤だった。
「産んだ女性は自分では育てないという意志を明確に伝えている。それなのに、居住地を探し出して接触をするというのは、女性からすればだまし討ちに近い。内密出産そのものが成立しないことになる」
熊本市児相と慈恵病院の埋まらない溝
慈恵病院が運営する「こうのとりのゆりかご」(以下、ゆりかご)の15年の節目と同院が今年1月に公表した日本初の内密出産が重なり、5月の慈恵病院では頻繁に会見が行われていた。ある日の会見で院長の蓮田健氏がややぼやき気味に漏らした冒頭の一言は、児相と慈恵病院の埋まらない溝を露呈するものだった。
赤ちゃんを産んだ女性の情報は病院内の特定の人物以外には秘匿され、赤ちゃんは将来希望すれば情報の開示を受けることができる、それが内密出産の大枠の仕組みだ。予期せぬ妊娠をした女性の「出産を知られたくない権利」と赤ちゃんの「出自を知る権利」。この2つの対立する権利が守られることを目指す。
法整備がないため熊本市は内密出産の実施を控えるよう求めてきたが、現実に事例が発生したことを受けて2月に大西一史市長が「協力へ」と方針転換をしていた。しかし蓮田氏の言葉を聞く限り、産んだ女性の「知られたくない権利」が脅かされる事態になろうとしている。
なぜなのか。
内密出産以前にあった「ゆりかご」を巡る対立
そもそも慈恵病院が内密出産に取り組んだ伏線はゆりかごにあった。
慈恵病院が2007年にゆりかごを開設したのは、実母による乳児殺害遺棄事件を減らすことを目指してのことだった。産科未受診で孤立出産した実母による殺害は、ここ数年は年間20件近い事件が確認されている。
しかし法律がないため熊本市および熊本市児相(開設当時は熊本県中央児相)と同院は運営を巡って対立してきた。
熊本市の設置した検証部会が指摘した主な問題点は、(1)ゆりかごが赤ちゃんの出自を知る権利を担保していない、(2)預け入れを目指した孤立出産と安易な預け入れを助長する の2点だ。
検証部会は「女性が安全に出産できて、将来赤ちゃんが希望すれば母親の情報を知ることができる仕組みとしては、ゆりかごではなく内密出産の方が望ましい」とし、法整備の検討を国に要望するべきと提言した。