国、市、病院の誰ひとり経験したことのない事態に
ゆりかごへの反対論が強まる中、今度は2017年に慈恵病院が内密出産の検討を表明した。それを受けて熊本市は管轄する法務省と厚労省に内密出産の違法性の有無を照会したが、両省とも曖昧な回答に終始した。そこで熊本市は「現行法に抵触しないとは言い切れない」として実施を控えるよう慈恵病院に文書で通知した。2020年末のことだ。
しかし翌2021年、4月、5月、11月に内密出産希望者が来院。ただし3人とも翻意し、赤ちゃんと一緒に退院していった。
ところが4人めの未成年女性は意志を変えなかった。女性は母子家庭に育ち過干渉な母親との関係に緊張が絶えず、赤ちゃんの父親にあたる男性からはDVを受けていた。出産して赤ちゃんに対面して愛情を覚えたが育てない意志は固く、健康保険証と高校時代の生徒手帳のコピーを病院の責任者に渡し、特別養子縁組の陳述書に仮名のまま署名。病院内で熊本市児相所長と子ども政策課長と面会し、病院を去った。
熊本市長は「病院と協力する」と方針転換を表明したが…
国、市、病院の誰ひとり経験したことのない事態となった。出生証明書を出すか出さないか、赤ちゃんの戸籍はどうなるのか、病院長が逮捕されることはないのかなど、現場は混乱を極め、熊本市と病院の対立は目に見えて激化した。
そんな中、2月初旬、大西一史熊本市長は方針転換を表明した。
「生まれた赤ちゃんの福祉のために現行法の範囲内で病院と協力する」
それを機に熊本市と慈恵病院は対立から協力へと関係を変え、市は国にガイドライン策定を要望すると同時に病院と定期的に協議を行うことになった。
こうした経緯にもかかわらず、児相は女性の身元の見当がついたというのだ。それは方針転換した大西市長の発言に逆行してはいないのか。
児相は児童福祉法を遵守しなくてはならない立場だーー。そう話したのは熊本市児童相談所所長の戸澤角充氏だ。戸澤氏は「児相は女性の情報を何も知らない」と言った。ここは蓮田氏の発言と異なる。そして「市長はあくまで現行法の範囲内での協力だと言っている」と前置きし、こう続けた。
「要保護児童について、処遇を検討するために社会調査(子どもや保護者などの置かれた環境、問題と環境の関連、社会資源の活用の可能性を明らかにし、どのような援助が必要かを判断するための調査)を行うのは児童福祉法27条に則って行うべき児相の職責です。内密出産法もガイドラインもない以上、我々児相はあくまで赤ちゃんの立場に立ち社会調査を行わなければならない」
だが女性の身元情報は病院が預かっている。それでも探さなくてはならないのはなぜなのだろう。