「出産を知られたくない権利」は保障されないのか
女性の「知られたくない権利」が守られないのであれば、内密出産が成立したということはできない。取材を通して見えてきたのは2つの問題だ。
「出産を知られたくない権利」は女性には保障されないのか。
そして、「現行法の範囲内で協力する」との大西市長発言と社会調査は矛盾しないのか。
女性の「妊娠や出産を知られたくない権利」は憲法で規定されている、そう話すのは現在上告中のベトナム人就労実習生死産事件の弁護人の石黒大貴氏だ。
「『妊娠したことを言わない自由』『誰に言うかを選択する自由』は母親の自己決定権であり、憲法13条が定める人格権にあてはまります」
憲法13条には<すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする>と規定されている。
「予期せぬ妊娠をした人の、そのことが親に知られると捨てられてしまう、社会に受け入れられない、といったプレッシャーが孤立出産につながっていきます。そうではなく、どのような状況でも妊娠と出産を受け入れる社会に変わらなくてはならない。予期せぬ妊娠をした女性の自己決定権と赤ちゃんの出自を知る権利、この2つの重要な権利の対立をうまく調整して、身元を明かさないまま出産するのが内密出産です」(石黒氏)
問題は「女性の側の代弁者の不在」
熊本大学法学部准教授・原島良成氏は、社会調査は女性のプライバシーの侵害にあたるとして、次のように説明した。
「母親情報を調査しないと児福法27条1項の措置を取れなくなると児相は主張するかもしれませんが、法治国家では必要だからといって侵害行為が許容されることはなく、プライバシーの調査には別途法律上の根拠が必要です。児童虐待の場面ならともかく、実母が明確に拒否しているのに、実母本人の知らないところで個人情報を集める行為は、熊本市個人情報保護条例の下では正当化困難でしょう」
そして、児童福祉法に基づき、児童相談所長には市長から権限が委任されているが、もし大西市長の判断と児相所長の判断にずれがあると認識したなら市長は委任を解除して指揮監督をすべきだと原島氏は指摘した。
「熊本市の判断は今後の市政ばかりか国の内密出産への方針にも影響する。仮に市長の方針と市長の部下である児相所長の考えが一致していないのであれば地方自治法154条に立ち戻って是正しないと市として責任ある行政体制は取れないはず」(地方自治法154条:普通地方公共団体の長は、その補助機関である普通地方公共団体の長は、その補助機関である職員を指揮監督する)
日本初の内密出産を受け入れた大西市長の方針と反するようにも見える社会調査について、市長はどのように考えているのか。
後編では6月20日(月)に行った大西市長への取材を紹介する。