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 その熊本地方法務局は2018年に慈恵病院の問い合わせに対し「職権記載」により「無戸籍児をつくらない」ことは現行法内で可能だと回答している。それを踏まえ、慈恵病院は1月に再度質問状を提出した。

 母親の欄が空欄の出生届が西区戸籍課に受理されて赤ちゃんの単独戸籍が作成されたとき、初めて内密出産は成立する。仮に今回は特例として赤ちゃんの就籍が実現したとして、内密出産を望む女性は今後も続くだろう。誰にも知られずに産みたい女性の出産は5月にも控えているという。

ゆりかごにたどり着く女性の多くが孤立出産

 法整備が不安定な状態では、熊本市による行政処分、市民団体による告発など、慈恵病院の存続に影響を及ぼす出来事は十分に起こり得る。にもかかわらず、まるで突破するかのように慈恵病院が内密出産希望者を受け入れたのはなぜなのか。それには同院が運営する「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が関わっている。

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新生児室には30人ほどの新生児がいる(著者提供)

 慈恵病院は2007年にゆりかごを開設した。予期せぬ妊娠をして自分で育てられないという女性が、匿名で赤ちゃんを預け入れられる仕組みだ。運営によって次第にわかってきたのは、ゆりかごにたどり着く女性の多くが孤立出産していることだった。また、育てられない母親の匿名性を優先すれば、赤ちゃんの出自を知る権利が守れないという2つの権利の対立があった。熊本市の専門部会は2017年に発表した第4期検証報告書で内密出産の検討を国に要望している。

 そこで同年、慈恵病院は内密出産の実施の意思を公表した。熊本市は検証報告書を受けて国に要望を出してきた。国は明確な方針を示さず、熊本市は、現行法に抵触する可能性がないと言えないため実施を控えてほしいとした。

新生児相談室は今も女性とメールで連絡を取り続けている(著者提供)

「自分のお母さんに知られたくない」

 内密出産の表明をして以降、慈恵病院のSOS妊娠相談には誰にも知られずに産みたいという相談が3年で70人ほどあった。ほとんどは地元の保健所や病院につなぐことができたが、2021年は4月に2人、11月に1人の内密出産希望者を受け入れた。3人のうち2人は未成年で、3人とも妊娠後期で同院につながるまで周囲の大人に妊娠を相談できていなかった。

 ただ、3人は内密出産を翻意した。なぜ彼女たちと今回の女性には分かれ道が生じたのか。一つには、3人は1カ月以上前に慈恵病院に保護されていたことが考えられる。相談員は長い時間をかけて女性の話を聞く。生い立ちから現在の生活までじっくり話を聞いていくうちに、女性が心を開き、客観的に自分と赤ちゃんの状況をとらえ、考えに変化が生じた可能性はある。だが、今回の女性は滞在日数があまりに短かった。