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2022/02/21

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, 政治

慶應SFC入学

 案里が進学した慶應義塾大学は1990年、神奈川県藤沢市遠藤という辺鄙な田園地帯に新しいキャンパスを開設した。矢上キャンパスができて以来約20年ぶり、5か所目の研究拠点となった。

 湘南藤沢キャンパス、略して「SFC」。丘の上の芝生にグリッド状に置かれた校舎群は建築界の巨匠、槇文彦によってデザインされたもので、ギリシャ神殿をモチーフにしている。おもちゃの積み木のような形をした建物の一つひとつにはギリシャ文字が当てられた。

 世界で通用する即戦力人材の育成をすることが、SFCの立ち上げに携わった大学関係者たちの目標であった。セメスター制、シラバス、9月入学、オフィスアワー、学生による授業評価など、「21世紀の大学」では当たり前となる最先端の教育システムをいち早く導入し、伝統ある三田や日吉のキャンパスとは異なる趣の新しい大学を築こうとしたのである。その実験台となる学生たちは教職員たちから「未来からの留学生」と持て囃された。

 開学の年に東京工業大学から母校の慶應に移ってきた文芸評論家の江藤淳は生前、初めてSFCを訪れた時の印象について、こんなコメントを残している。

まだ普請中、建設現場みたいなもので、このΩ(オメガ)とかα(アルファ)とかいう建物や研究棟は、建っているのですけど、全部建っているのだかどうだかわからない。食堂はいまと違って、あのへんに本が置いてあったりして、いったいこれで授業が始まったときにちゃんと大学らしくできるのだろうかと心配になるような状態でありました。けれども、これが始まってみるとたいへんな人気で、以後今日に至るこの慶應SFCの、いささか実体を離れているかもしれないほどの人気というのは(笑)、当初からたいへんなものがありました。(中略)これはたいへんなことになってきたぞ、なにしろコンピュータとカタカナだ、ああ、すごいところへ行くのかなと……。とにかく週一回SFCへ来ることになって、教員室で家内がつくってくれる弁当を食べながら外を眺めていると、バスが着くたびに学生がみんなやって来る。

(《SFCと漱石と私 慶應義塾大学最終講義》Voice1997年4月号)

 SFCには「総合政策学部」と「環境情報学部」という2つの新学部が置かれた。江藤は後者の教授に着任した。

 案里は高校3年生の夏、総合政策学部を第一志望校とすることに決めた。日本で初めて「政策」の二文字を冠した学部に入学したのは1992年4月だから、第3期生ということになる。

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