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「ベンチの中は休むところなんかじゃない。次のプレーをどうするかを考える場所なんだ」

 つまり、味方の誰が打とうが、あるいはピッチャーがどれだけ抑えようが、一喜一憂している暇はないというわけだ。

矢野監督が感情を露にするのは、自分に自信がない証拠

 けれども矢野監督は違う。選手の一投一打に一喜一憂し、感情を露にする。日頃のインタビューでは、「監督は一喜一憂するものではない」などと言っているが、選手がヒットを打てばガッツポーズを繰り出し、劣勢に追い詰められたときにはどんよりとした顔をする。

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 感情を露にするのは、自分に自信がない証拠である。本来であれば監督になる前に何らかの形でメンタル面をコントロールするためのトレーニングを受けておかなければならないはずだが、矢野監督はそうしたことをこれまでにもやっていたようには見えない。

矢野監督 ©時事通信社

 その代わり、引退してからは阪神のおひざ元である朝日放送でゴルフ番組を持っていて、そこで露骨なまでに「明るい矢野さん」というキャラクターを前面に出すことをしていた。

 本来であればそんな性格ではないはずだが、テレビで「明るい矢野さん」を演出することで「視聴者ウケがいい」という、テレビ業界特有のルールを身につけてしまったがために、それを阪神のユニフォームを着て披露しているに過ぎないように見えるのだ。

名監督への道を自ら閉ざしてしまった

 こうした振る舞いを改めようとせず、「オレたちの野球」を標ぼうしている間の阪神には、明るい未来はないのではないか――。私の取り越し苦労で終わればいいのだが、どうも嫌な予感がしてならない。

©文藝春秋

 昨年は阪神が優勝するチャンスを逃したものの、矢野監督は今年の戦い方によっては「名監督の道」を歩んでいけるかどうかの大きなターニングポイントになるはずだった。けれども「今年限りで辞める」と言ってしまったことで、その道を自ら閉ざしてしまった。

 阪神OBには縦じまのユニフォームを着て采配をふるいたいという連中が大勢いる。今回の矢野監督の退任発言を受けて、「オレにも次期監督の目が出てきた」と考えている者も実際に出てきた。

 それだけに自ら監督の座を降りてしまう矢野監督は実にもったいないと思うのだが、自分の野球を貫くことで好結果が生まれるのか、それとも反対の結果となってしまうのか。開幕からの阪神の戦いぶりに注目していきたい。