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やっと被害届が完成

 刑事さんの質問に私がいくつか答えたのちにできた被害届には、交際のいきさつから、別れるためのメッセージのやりとりが白熱して、嫌がらせと脅迫に転じるまでを簡潔に記してあり、要所に「ゾッとした」「気持ち悪い」「恐ろしくなりました」などの言葉がちりばめてあった。私の口語もとてもおしとやかな女性になっていて、読んでいてちょっと気恥ずかしくなった。

 思い返せば、動物虐待に関するメッセージが入ったときの気持ちというのは、ゾッとしたなどという単純な言葉で言い表せるものではない。脳がブラックアウトしたとでも言おうか。ホラー映画を見て味わう怖さとは全く異なるものなのだ。

 他人事で戦慄するときというのは、どんなに恐ろしいことでも、ある種の快楽も併存する。どんなに主人公に肩入れして、感情移入したとしても、所詮他人事。一緒に見ている人に抱きつくなり、キャーと叫ぶなり、ポップコーンをほおばるなりすればいい。しかし現実のストーカー被害の恐怖に、そんな逃げ場はない。口の中に砂利(じゃり)を目いっぱい突っ込まれたような重みと衝撃がのしかかったまま、今に至っている。

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 文体なんて、どうでもいい(おもしろいけど)。事実は間違いないのだし、ニュアンスは異なるが、怖いのは間違いないのだから。思い直して住所氏名をサインしたら、その場で即Aの本名を教えられた。

 古めかしいファーストネームだった。ふーん。こんな名前だったんだ。Aはなにを思ってあの偽名にしたのだろう。ともあれ。フルネームを脳に叩き込んだ。なんとかして調べなければならない。

ストーカーとの七〇〇日戦争 (文春文庫)

内澤 旬子

文藝春秋

2022年3月8日 発売