「この内容では出生届を受理することはできません」
ミミ子は戸籍上は既婚者であることを知られたら、今の夫にも殴られるのではないかと怖くなった。しかし、殴られる覚悟で、東京での結婚や流産の話を夫にした。「かわいそうだったんだね」「ミミちゃん、幸せになっていいんだよ」と、夫はミミ子よりももっと泣いて、優しく抱きしめてくれた。ミミ子は、夫が結婚できないことを怒らないこと、ミミ子が悪いと責めないことに、あっけにとられた。「ミミちゃん、僕とミミちゃんが結婚できなくても、生まれてくる赤ちゃんは、僕とミミちゃんのふたりの子供なんだから」「赤ちゃんと3人で一緒に幸せになろうね」と言ってくれた。
臨月になり、ミミ子は出産した。大きい男の子だった。ミミ子と夫は、産婦人科で出生届の右ページに出生証明書を書いてもらい、母親の欄にミミ子、父親の欄に夫の名前を書いて福岡の区役所に提出した。区役所に提出したとき、窓口の人からは「おめでとうございます」と言われた。嬉しかった。
しかし、30分ほど待たされたあとで、別室に呼ばれた。
机の上には、さっき提出した出生届が置かれてあり、窓口の人とは違う男性職員から「この内容では出生届を受理することはできません」と言われた。あっけにとられるミミ子を前にその男性職員は、「父親の欄に、ミミ子さんの結婚している男性の名前を書いてください」「それが法律、決まりですから」と言う。「でも、この子の父親は僕です」と夫は言い返したが、「え? あなたはミミ子さんの結婚している旦那さんじゃないですよね。実際はどうなのかは役所は全く関係ありません。とにかく法律で、この子の父親は、ミミ子さんの結婚している旦那さんってことが、この子が生まれる前から決まっているんです」と、男性職員は、学校の先生のように高圧的にまくしたてた。
ミミ子と夫は、かみ合わない話と理解できない内容にただ疲れ、突き返された出生届を手に、帰路についた。夫の姉が心配そうに赤ちゃんを抱っこしながら待っていた。