1月23日に大相撲初場所が幕を閉じると、その3週間足らずのうちに親方や力士をはじめとする日本相撲協会所属の協会員252人が新型コロナウイルスに感染した(2月9日時点)。協会員は約900人だから3割弱に上る。2月恒例の花相撲は一部が中止となり、強くて丈夫な「お相撲さん」が鬼退治をする節分の豆まきも控えめだった。だがほんの少し前までの角界は慶事に沸いた。新春早々に「新大関」が出現したからだ。コロナ禍で3年目となる2022年の始まりは明るい話題に包まれていた。
「突然発生型」御嶽海が大関昇進へ
初場所で3度目の優勝を果たした関脇御嶽海が大関昇進を決めた。長野県出身の新大関は「天下無双、古今最強」と称される伝説的強豪、江戸時代の雷電以来227年ぶりと時空を超えた。陽気で開放的な本人の性格、フィリピン出身の母マルガリータさんによるあふれんばかりの愛情など数々のストーリー性に加え、屈指の名門である出羽海部屋からの看板力士誕生と本筋の話題性もしっかりとあった。
ただ場所前の情勢で言えば、御嶽海にとっての初場所は「大関昇進に挑む場所」ではなかった。むしろ「大関昇進の足固めをする場所」が衆目の一致するところで、「終盤戦で機運が高まれば……」との意見は極めて少数だった。新大関経験者で関脇と小結の三役在位通算28場所は32場所の魁皇、30場所の武双山と琴光喜に次いで昭和以降4位。安定感や地力は既に大関級ではあったが、やはりガチガチの「大関とり」であれば緊張感は計り知れない。特に初場所は新番付発表から年をまたぐため、年末年始を通じて重圧と向き合うことになる。初日から一番一番への重みも一層増したはずだ。1月26日の昇進伝達式終了後、出羽海部屋で指導してきた理論派の中立親方(元小結小城錦)は報道陣の代表取材に対し、冷静に答えている。
「今場所は大関への地固めとしてスタートした。これが最初から大関とりと言われていたらどうなったか。プレッシャーも感じるだろう。それがタイミングとか、いろんなものがかみ合った」
大相撲の長い歴史の中で、今回の御嶽海のような「突然発生型」の大関昇進劇は珍しくない。そもそも「大関」という地位への昇進はいつ、どこで、誰が、どう決めるのか。この“3W1H”には何とも形容しがたい伝統ゆえの奥深さと、人と人とが織りなす角界ならではのおおらかさが詰まっている。