それは多くの映画がストーリーを伝えようとするあまり、観客にわかりにくい部分を省いていることへの“抵抗”でもあった。同作公開時の対談では、《多くの映画が、飽きさせない方程式を考え、実行していく中で、逆を行きたかったんです。川と舟と船頭が住む小屋くらいしか出てこない中、いかに二時間もたせるかという困難に挑戦したくて》とも語っていた(※5)。
『ある船頭の話』の制作陣には、クリストファー・ドイルが撮影監督、ワダエミが衣装デザイン、アルメニアのピアニストであるティグラン・ハマシアンが音楽と、国際的に活躍するクリエイターがそろった。オダギリが主演した香港映画『宵闇真珠』(2017年)の監督で、「ジョーはどうして映画を撮らないんだ」と勧めた張本人だというドイルをはじめ、いずれも撮影までの10年のあいだに縁を結んできた人たちである。
じつは脚本自体は、撮影する10年ほど前に7、8割を書き上げていたものの、すぐに撮る気が起きず、放ったままにしていたという。しかしそれがかえってよかったらしい。本人は、脚本を書いた勢いに任せて撮っていたら、《監督・脚本・撮影・編集・音楽・主演、すべてを自分で手掛けていただろうし、エゴイスティックな思いばかりが強い作品になっていたはずです》とのちに省みている(※6)。ようするにその10年のあいだにオダギリが個人での作業以上に、チームワークを重視するスタイルに変わったということだろう。
ピー音やモザイク…地上波テレビで見せた遊び心
昨年9月にNHK総合で放送されたドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』は、オダギリが脚本・演出・編集・出演を兼任しながらも、チームワークならではの楽しさを味わわせてくれる作品になっていた。
主演には映画『アジアの天使』(2021年)で共演した池松壮亮を据え、ほかのキャストには、オダギリとは深夜ドラマ『時効警察』(2006年)以来たびたび共演し、勝手知ったる仲である麻生久美子をはじめ、永瀬正敏、柄本明、橋爪功、細野晴臣、佐藤浩市、國村隼、松重豊、永山瑛太など一部『ある船頭の話』とも重なる面々が集まった。
撮影したのは一昨年の暮れ、コロナ禍の最中とあって、主演の池松は《俳優たちはみんなストレスをためていたと思うんです。その中でオダギリさんが招集をかけてくれて、お祭りのような感覚で日々を過ごすことができた》と振り返る(※7)。キャストのほうがむしろ好き勝手に演じて、オダギリが止めることもあったとか。
ドラマの内容も、キャストが暴走するのも無理はないと思えるほどぶっ飛んでいた。主人公の警察犬ハンドラー・青葉一平の相棒である犬のオリバー(ただし一平にはスケベな人間のオッサンにしか見えない)をオダギリ自ら着ぐるみで演じたのもさることながら、セリフやモノにたびたびかぶせられるピー音やモザイク、実在の人物やドラマのパロディ、さらにはキャスト・スタッフ総出でダンスを始めてしまうクライマックスなど、掟破りともいうべき要素がこれでもかと盛り込まれていた。