近年は、私の著書の影響も多少はあるのか、伝統を語る農家が非常に増えてきました。しかし、農業なんて所詮は3Kです。大昔から「生かさず殺さず」で懐柔され続けてきた貧乏農家ごときに、守るべき正統性を持った「歴史的な価値」など存在しないことは最初から分かっています。ましてや、代々レンコン栽培を営んできた農家は地域一の貧乏農家。そんなところに、歴史的な正統性など宿るはずがない。
伝統の創造という「はったり」を武器にする
それではなぜ、このような「はったり」をブランド化のための理論として用いたのか。「老舗」の表明がブランドを支える大看板になるだろうというような浅慮からではありません。それは、日本農業が永い年月をかけて培ってきた特徴を的確に表現する方法が「伝統」であると考えたからです。どういうことか。
ブランド化を支える最も重要な条件は、何より商品となる農産物の品質です。日本産の農産物の質が高いということはよく言われることですが、このことには文化的・歴史的なコンテクストが存在します。
まずは農地面積と、戦後農業が置かれた制約です。日本の国土面積の狭さは言わずもがなですが、戦後の農業はGHQによる農地改革の結果もあり、一農家あたりの農地がごく狭く区切られた状態からスタートしました。その結果、アメリカのような広大な農地に巨大な重機を用いて行う「粗放型農業」ではなく、狭い土地に労働リソースを重点的に投下して利益を上げる「労働集約型農業」が、日本の農業モデルになりました。個々の農家が零細で、かつ効率的に農業を営むことができる広大な農地も利用できないとなれば、個別の農産物の商品性や品質を高めることにより利益を上げるしかなかったのです。