愛媛県真穴地区で生産されるミカンは高級ミカンのブランドとして有名だ。しかし現役農家であり民俗学者でもある野口憲一氏によれば、「真穴のミカン」として評価されているのはその味の良さや品質の高さであり、生産者である農家が培ってきた価値のある技能は無視されているのが現状だという。

 なぜ日本の農家が持つ技術力そのものの価値は認められにくいのか。ここでは日本農業の成長戦略に迫った野口氏の著書『「やりがい搾取」の農業論』(新潮社)の一部を抜粋。現役ミカン農家へのインタビューから、日本の農家が生き残るすべを解き明かす。(全2回の2回目/前編を読む)

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ミカン農家が語った「技術」の本質

 農産物は国の研究機関により栽培技術が開発されていますから、農家は研究者が研究した科学的知見を盲目的に受け入れているだけ、と思われる方もいるかもしれません。稲やミカンのような重点的な研究がなされている重要作物であればなおさらです。

 そこで、以下でひとつ具体的なエピソードを紹介しておこうと思います。愛媛県のトップ産地である八幡浜市真穴地区(かんきつ類生産における日本一の品質を誇る産地)のミカン農家であるM氏(仮名)へ行った、ミカン作りの技術についてのインタビューです。

野口 技術っていうのは研究所とかが考えるんですか?

M氏 果樹試験場、ミカンの試験場いうのが宇和島の近くにあるけどね。そういうところの人がもっぱら、そういう研究しよるわけや。

野口 でも、そういう研究者が言うのって、いくつか論みたいなのがあるじゃないですか? それを採用するかどうかはどういうふうに決めるんですか?

M氏 それは農家がどう思うかよ。それは自分が納得するか、自分が作ってきた経験からね。それから、この地域は昔からミカン作ってたやろ。やから、親父とか、お袋とかに連れられて、小さい頃からずっとヤマ(ミカン畑)行っとったから。そういう自然にいうか、見よう見まねで見てたから、そういうところの人よりかは、農家の方がようミカンを見てるのよ。やから、言われたことは試してみるけど、納得できんことは、やっぱ取り入れんわ。樹によって性質も違うからね。全部が全部その通りにやれば良いってもんでもない。

 M氏は、これまでのミカン作りの経験から、「納得のできない研究は取り入れない」というのです。これを裏打ちしているのは、永年ミカン栽培に従事することによって培われた、農家としての高い栽培技術です。

 M氏に、ミカン農家にとっての技術とは何かと問うと、「剪定である」と断言しました。