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「価値があるから高価なのではなく、高価だから価値がある」日本の農業をよみがえらせる“常識外れのブランド戦略”とは

『「やりがい搾取」の農業論』より #2

2022/02/21
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日本の農業にとって必要な「農業の価値」

 私たちはなぜ特別な日にワインを飲もうとするのでしょうか? 大切な人の誕生日にワインを開けようとするのはなぜでしょうか? その理由は、ワインが華やかで特別な飲み物だという価値観が存在しているからです。そのようなワインの価値を守る最高峰の存在が、ロマネ・コンティです。高価で高い記号的な価値を持つロマネ・コンティが頂点に存在することで、ワインの有する様々な価値が裾野に向かって拡がっていき、再生産されていくのです。

 翻って日本の農業には、社会的な価値はほとんど認められていません。日本農業界は単なる食糧生産係の役割を振られ続けてきました。そして、その高い品質にふさわしくないほどの安売りを、あまりに長く続けすぎました。それだけではありません。全体的に高い品質の中にある、さらなる高い品質の違いを、農家はほとんど主張してきませんでした。仮に主張したとしても、それが社会に認められることはほとんどなかったのです。

 一般的には品質の違いなど新鮮さにある程度にしか考えられていないような作物の代表格であるキャベツの中にも、品質の違いが存在しています。しかし、その違いは値段に考慮されません。農産物の世界では、スーパーカーと軽自動車が同じ価格で販売されているのです。

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 安価な価格帯の商品は必要ない、などと言いたいのではありません。高額な価格設定の農産物だけで社会が維持できるはずがありません。しかし、日本農業はあまりにも長く安価な商品ばかりを生産し続けてきたことで、深刻な袋小路に入り込んでしまったのです。

 そこから抜け出すには、安価な価格設定の農産物マーケットに加え、中間的な価格設定、高額な価格設定の農産物マーケットを構築していくことが重要であると考えています。農産物の価格帯をピラミッド構造化することです。高価な価格帯の商品設定の農産物の存在が、安価な農産物の価値も守っていくことになるからです。
 
 そしてこのことが、農家の持つ高度な技能や技術の社会的価値を向上させ、ひいては農業の価値を向上させることにつながるのです。その価値が広く認められれば、農産物輸出政策の将来展望の好転にもつながりますし、農業の抱える様々な問題を解決する糸口にもつながっていくでしょう。

【前編を読む】日本の農家は「農作物と会話する能力」がある? “1本5000円のレンコン”を売り続けた民俗学者農家が語る日本産の農産物の質が高いワケ

「やりがい搾取」の農業論(新潮新書)

野口憲一

新潮社

2022年1月15日 発売

「価値があるから高価なのではなく、高価だから価値がある」日本の農業をよみがえらせる“常識外れのブランド戦略”とは

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