文春オンライン

戦術的な制約や縛りがほとんど見えてこない…それでもジダンが“名監督”であり続けた“決定的理由”

『サッカー店長の戦術入門 「ポジショナル」vs.「ストーミング」の未来』より #1

2022/02/26
note

マドリーがリバプールをいなし続けたジダンの狙い

 この決勝と正反対の戦略で臨んだのが、3連覇のかかった17/18シーズン決勝だった。相手はクロップ率いるストーミングの雄、リバプールである。リバプールは意図的にハイテンポなペースを作ってくるチームだ。アトレティコ戦のようにボールをわざと与えてしまうと、終始そのテンポに巻き込まれる恐れがある。クロップのチーム相手にいきなりカウンターを打ち合うのは自殺行為でしかない。そこでジダンはこの決勝、カウンターで持ち味を発揮するスピードスターのベイルをあえてベンチスタートとした。そして代わりに、4―3―1―2の「ジダンシステム」をこの大一番にぶつけてきたのだ。「1」のトップ下はファンタジスタのイスコである。ジダンの狙いは、ボールを握って試合のテンポを落とすことだった。リバプールが狙うハイプレスやカウンタープレスの網をかいくぐるには、イスコのテクニックとボールキープ力はうってつけと言える。

 試合序盤からフルスロットルで飛ばすリバプールの勢いを、マドリーがイスコを中心としたポゼッションによって老獪にいなし続ける。いなすと言えば聞こえはいいが、マドリーからはリスクを冒してでも点を取りに行こうという気概が全く感じられず、前半はボールを失わないことを目標としているかのようなパス回しだった。だが、ジダンの狙いはそこにこそあったのだ。

天才プレイヤーが監督になり示してきた成果

 後半、リバプールは前半のプレスが空転させられた分、動きが明らかに落ちていた。これを見たジダンは満を持して快速ベイルを投入する。それまでのらりくらりとやっていたマドリーだったが、ベイル投入と同時に試合はいきなりハイテンポなカウンターの打ち合いへと様相を変える。本来、クロップからすれば望むところの展開だったはず。しかし果たして、リバプールはこの急激なペースチェンジに全く付いていけなかった。ベイルは投入からわずか3分後に勝ち越し弾を決めると、終盤にも決定的となる3点目をあげている。

ADVERTISEMENT

 ジダンのマドリーはこのように、一発勝負の舞台でいかようにも戦い方を選択出来るという強みに立脚したチームだった。そしてジダン自身、最もそれを理解しているからこそ3連覇という偉業を成し遂げられたのだろう。全方位型のチームが持つ、戦略の選択肢という強み。それもまたサッカーにおける正義であり、圧倒的な優位性である。もちろん、資金がなければ絶対に不可能だ。しかし資金があるだけでもまた成功を収められないところにジダン、アンチェロッティ、そしてデル・ボスケも含めた大量のスター選手をマネジメントする監督の難しさがある。自由と制約の二分論だけでは解決出来ないチームの引き出しをどうやって作るのか。かつて自由を謳歌したジダンという天才プレイヤーが監督になり示してきた成果は、それを考えるための一つのヒントと言えそうだ。

【続きを読む】「個」と「戦術」はどちらが重要? 戦術の進化が止まらない“現代サッカー”で“ファンタジスタ”は生き残ることができるのか

 

戦術的な制約や縛りがほとんど見えてこない…それでもジダンが“名監督”であり続けた“決定的理由”

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー