サッカーの戦術史は、常に「個」と「戦術」の間で揺れてきた。例えば、“個”のファンタジスタだったディエゴ・マラドーナを封じ込めたのは、アリーゴ・サッキ監督による組織“戦術”の「ゾーンプレス」だった。各チームにゾーン・プレス戦術が広がるなかで、サッカーにおいて重要なのはファンタジスタではなく、“組織によるハードワーク”だと信じられるようになったが、ファンタジスタは次々と生まれている。

 ここでは、『サッカー店長のつれづれなる日記』が話題となり、JFL昇格を目指すおこしやす京都AC(関西1部)の戦術兼分析官を務める龍岡歩氏の『サッカー店長の戦術入門 「ポジショナル」vs.「ストーミング」の未来』(光文社新書)の一部を抜粋。ファンタジスタをキーワードに、「個」と「戦術」についての同氏の考えを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

ファンタジスタは引力を操る

 局面の打開という概念からも、ファンタジスタについて考えてみたい。時間とスペースが極端に限られた現代サッカーにおいては、前を向くこと、前向きでボールを受けること、それ自体が非常に困難だ。要はFWもMFも後ろ向きでボールを受けざるを得ないケースが多発する。したがって後ろ向きでボールを受けた際、チームの推進力がどちらに傾いているかといえば後ろに傾いているケースが多い。

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 そうした推進力という観点から言っても、現代サッカーにおけるファンタジスタの有用性は明らかだ。高度に組織化された現代サッカーの守備、特に統一された推進力を持った強度の高いプレッシングは、相手に後ろ向きのプレーを強いることが出来る。そして相手の攻撃を意図した方向に誘導し、自分たちに有利なスペースへと追い込んで確実にボールを奪う。常に背中から強烈なプレッシャーを受ける攻撃側は、相手守備者が前向きに発生させている推進力から逃れるのは至難の業だ。ゆえにプレッシング戦術への対抗手段として、3人目の動き出しで前向きのサポートを作るユニット戦術や、ロングボールによって中盤を回避してストーミングで回収する戦術といった発展が生まれた。

世界屈指のファンタジスタとして知られるリオネル・メッシ ©JMPA

 だがもし、個人で相手の推進力を反転出来る選手がいれば、プレッシングというチーム戦術を個で打開することが可能だ。現代のファンタジスタとは相手の逆を取ることで、チーム全体の推進力を操れる存在を指すのかもしれない。