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「個」と「戦術」はどちらが重要? 戦術の進化が止まらない“現代サッカー”で“ファンタジスタ”は生き残ることができるのか

『サッカー店長の戦術入門 「ポジショナル」vs.「ストーミング」の未来』より #2

2022/02/26
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 スルーパスが起こすスタジアムの反応も個人的にはたまらなく好きだ。ゴールシーンは瞬間的に歓声が爆発するが、スルーパスは趣が違う。パスが出された瞬間、観衆は一瞬の静寂とともに固唾を呑んでボールの行く先を追う。凡人である我々には彼らが見ている「3秒先の世界」が共有出来ず、ボールが出てから目で追うしかないからだ。そして棒立ちのDFの間をぬって走り込んだFWの足元にボールが届いた瞬間、感嘆のため息とともに地鳴りのような歓声が後から沸き起こる。それは驚きであり、ゴールへの予兆であり、そして観戦者の喜びである。ルイ・コスタからバティストゥータへ、バルデラマからアスプリージャへ、デ・ラ・ペーニャからロナウドへスルーパスが出される度、私はTVの前で何度も腰を浮かせて感嘆のため息を漏らしていた。

GKからのスルーパス

 戦術的に見てもファンタジスタ(スルーパスの出し手)+ストライカー(受け手)という最小単位の攻撃ユニットが、今なお色褪せずに多くのチームで採用されているのはそこに普遍性があるからだろう。ファンタジスタのスルーパスとストライカーの抜け出し、シンプルだが特別な2人の関係性だけで攻撃が完結することもある。パブロ・アイマールは現役時代、阿吽の呼吸で特別な関係を築いていたストライカーのハビエル・サビオラについて次のように語っている。

サビオラとのホットラインを築いたアイマール ©JMPA

「ピッチの中で常に自分と同じものが見えていた仲間は特別な存在。前方に彼が見えたらワクワクした。サビオラは私の力をうまく引き出してくれた」

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 スルーパスの名手も時代とともに多様化の一途を辿っている。今では中盤の底やCBにスルーパスを出せる選手を配置するのも当たり前になってきた。攻撃側が進化すれば、必ずその反作用として守備側の戦術も進化する。それがポジショナルプレーへの対抗措置として、パス出しの始点からオールコートマンツーマンでプレスをかけるような戦術である。すると、今度はオールコートマンツーマンでも絶対にマークに付けないプレイヤー、すなわちGKからのスルーパスさえ披露されるようになった。オールコートマンツーマンは裏を返せば、相手ゴールに最も近いFWも1対1という状況なのだから、ここを狙うのが一番手っ取り早いというわけだ。マンチェスター・シティのGKエデルソンはビルドアップに積極的に関わりながら、相手が高い位置からマンツーマンでハメてきたと見るやFWへのパスでアシストまで記録する。見方によってはGKのファンタジスタと言えなくもないかもしれない。

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