「ママ、お願いだから来ないで」の真相
両親はこの転校に大反対だった。しかし中田は親の涙にも動じなかった。
「合格して初めて日立の体育館に足を踏み入れたとき、大変なところに来ちゃったと思ったんです。体育館の壁いっぱいに、モントリオールの金メダリストたちの写真が掲げられていた。子供心に、日立にきた以上は、この人たちが築いてきた伝統を守らなければならないと思った。この時点で、私の覚悟が決まったような気がします。金メダルを獲るためには、すべてのことを捨てなければならないって……」
しかし母の光子は心配のあまり、毎日のように体育館に通い、物陰から娘の姿をそっと見守った。ある日、光子の姿に気がついた中田は、言い放った。
「ママ、お願いだから来ないで。ほかのみんなだってお母さんに会いたいだろうけど、地方の子は会えないんだよ。みんなの気持ちも考えてよ」
それ以来、母は体育館に通わなくなったが、中田は母に来てほしくなかった本当の理由が別にあったと言う。
「私は怒られ役だったので、監督やコーチからたびたび叱咤されていたんです。そんな姿を母に見せたくなかった。母は、私が家を出てから一挙に髪が白くなった。そんな母にこれ以上、辛い思いをさせたくなかったですから」
母への思いを胸に仕舞った中田は、懸命にトス練習に明け暮れた。