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──モノマネ時代の原動力。

片岡 モノマネだって、最初から似るわけないんですよ。たとえば小森のおばちゃま(映画評論家の故・小森和子)のきっかけは、部屋を片づけながら『小枝』チョコレートCMの声マネをしたことですから。

映画評論家の小森和子。森永製菓『小枝』のCMナレーションを務めたのは1971年のこと ©共同通信社

おばちゃまモノマネは『小枝』のCMから生まれた

──その声が、小森和子さんだった。

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片岡 そう。片づけながら何となしに「高原の、小枝を、大切に」と、鼻歌まじりに繰り返すうちに、「……ん? これ、声も低いし、練習すればできるかも」とひらめいたんです。

 でもね、実はこのCMを初めて聞いたときは、誰の声かわからなかったんですよ。

──耳に音だけ入ってきたから、とりあえずマネしてみたと。

©文藝春秋 撮影/松本輝一

片岡 そう。後でおばちゃまの声だとわかったので、「カツラと女装でマネしたらウケるよな」と思い、テレビでやったらやっぱりウケて。

 何回も繰り返すうちに、だんだん自分のものになるんですよね。マッチもそうでしたもん。

「俺のマッチは1回で終わる予定だった」

──鶴太郎さんといえばマッチです。

1980年代の近藤真彦。ジャケットは『スニーカーぶる~す』

片岡 マッチも最初はムチャぶりで、自分ができるとはまったく思わなかったですから。

 まだフジテレビが河田町にあった頃ですよ。『ひょうきん族』のディレクターに突然呼び出されて、「今度のひょうきんベストテン、マッチの『ギンギラギンにさりげなく』やってね」と。でも僕の声は、全然マッチじゃないでしょう?

──はい。正直、「これ、本当にマッチに似てるのか?」と思ってました。

片岡 ところがディレクターは「声は気にしなくていい。とにかく元気のよさで暴れて」と言うんですよ。で、3日間で歌をなんとか覚えてスタジオに行くと、台本に《セットの下敷きになってマッチ死ぬ》って書いてある。「あぁ、1回きりだな」と思って。

©文藝春秋 撮影/松本輝一

──それは……もしや、スタジオを駆け回って柿の木と青鬼をなぎ倒し、最後に小屋からニワトリと血まみれのマッチが飛び出す、伝説のあの回ですか?

片岡 それです。爆竹に驚いたニワトリは暴れるわ、僕は額に血のりをドバーッとつけて倒れるわ、もうメチャクチャ(笑)。でも放送したらかなり反響があって。「鶴ちゃん、これすごいウケてるよ! もっとマッチやろう、マッチ!」と。

 あとは新曲が出たら、聴いて歌って、反復、反復で。

──マッチも反復の賜物。

片岡 ただただ、反復です。これはモノマネ時代に刷り込まれてますね。