こんなかたちの恋愛だってあるよねと、示したいだけ
主人公の町枝圭吾は、二条城の周りのランニングコースで出逢った窪塚あやめのことが好きでたまらない。ようやく告白すると、彼女はこう返す。
――わたし、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?
他にも付き合っている男性がいるけれど、それを承知のうえで恋愛関係を保てるかと問うてきたのだ。
「ポリアモリーのことを広く紹介しようとか、現在の社会や人心のありのままを訴えたいというようなことではないんですけどね。こんなかたちの恋愛だってあるよねと、ただ示したいだけで」
読み進むうち、恋愛って何なのかが、どんどん分からなくなってくる。同時に、すこし気分が楽にもなる。「クリスマスイブはこう過ごさねば」「付き合った先には結婚が待っている」などなど、知らず頭に刷り込まれている「恋愛の定石」を目指さなくたっていいと思えてくるから。
恋愛とは何か?についての「答え」
「恋愛ってひょっとすると、文化的なものに過ぎないのかな? 皆が共有している恋愛のノリみたいなものがあって、それに合わせてるだけかな? という気がすることはたしかにありますよね。だとしても、こんなに多くの人がやっぱり恋愛したいと考えるのはなぜだろう? 不思議は尽きませんし、恋愛にまつわる長編を書いていても答えはさっぱり見つかりませんでした。せいぜい思っていたのは、恋という道を通っていくことで、普遍的な愛のようなものにまで行き着けたらいいんじゃないかなということくらいです」
あやめが、「ブーケ投げるみたいにイワシ投げたね」といったから、「今日のことずっと覚えてたいな」と圭吾はつぶやいた。写真は有料で、しっかり1500円請求された。百万倍でもいいくらいだ。(『きみだからさびしい』)
恋愛とは何か? についての「答え」はともかくとして、『きみだからさびしい』では恋愛によって揺さぶられる感情や、人と人の距離感が繊細に描き出されていて、その流れに身を委ねるように読み進んでいくのがとにかく愉しい。「揺れる心」のような捉えどころのないものを、どうやって言葉に落とし込んでいるのだろう。