「えー…嫌ですよ! 荷が重いです」

 会社近くの洋食屋でのことだ。対面に座った上司に対して、注文したポークソテー片手に思わず齋藤慎の口を突いたのはそんな言葉だった。

 去年のことだ。普段は日の高いうちに食事など一緒に行くこともない上司から、急にランチに誘われた。その時点で、何となく嫌な予感はしていた。

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 齋藤は小学館に勤務する編集者だ。94年に入社し、『小学一年生』編集部に配属されると、その後も多くの時間を『小学〇年生』シリーズに代表される学年別学習誌に携わってきていた。だから、上司から「『小学一年生』の編集長をやってくれないか?」と言われた時も、驚きはしなかった。

 だが正直、すぐに乗り気にはなれなかったという。

「小学館という会社は今年で100周年を迎えます。社名の通り、もともとは小学生向けの学習雑誌からスタートした出版社です。しかも今は数々の雑誌の休刊を経て、昔からの学年誌は『小学一年生』しか残っていない。そんな雑誌で100年という節目の年に編集長を担うというのは、どう考えても重たいでしょう」

 この雑誌不況の中で、これまでの長い歴史を背負うのは重たいな。でも、上司にこうやって言われてしまえば、どうせ断れないんだろうな。腹をくくるか――。

 そんなことをつらつらと考えあぐねていると、食べかけのポークソテーはすっかり冷めてしまっていた。

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「会社員人生、端っこを生きてきた」男の挑戦

 出版不況が叫ばれる中で、小学館の児童学習誌『小学一年生』が好調に売れているという。

 30代以上の人なら一度は聞いたことがある「ピッカピカの1年生~♪」のCMでも有名な同誌は大正時代に創刊されて以来、数多くの小学1年生たちと向き合ってきた小学館の「顔」とも言える雑誌だ。

 新型コロナウイルスの流行で書店への人出が減っている時期があったにもかかわらず、昨年も4月号の完売を皮切りに、年間での実売部数も前年比で103%と伸びを見せている。コロナ禍に加えて、雑誌不況と少子化というトリプルパンチの中にも関わらず、好調を維持している。

 いま、それを牽引しているのが、昨年10月から編集長を務めている齋藤だ。

「小学一年生」の編集長を務める齋藤。入社以来、「脇道」と自称する児童学習誌畑を歩んできた

「僕は会社員人生、ずっと端っこを生きてきたんです。エース編集者というわけではなかったし、脇道を歩きながらメインロードを見て文句を言う立場でいた(笑)。それが社の根幹のような雑誌の編集長になって、急に3車線の道路に放り出された感じです」

 そう苦笑する齋藤に近年の好調の理由を聞いてみると、少し間をおいてから返ってきた答えは、以下のようなものだった。

最新号の2022年4月号では、喋るドラえもんの目覚まし時計が付録に

小学館の理念の原点にあるものは…?

「『子どもの好奇心に応えることを第一の目的とする』という雑誌の原点を変えなかったことでしょうね」

 齋藤が続ける。