雑誌をきっかけに、すこしでも広い分野に興味を持ってほしい。もしかしたらそこで、将来まで熱中できるものに出会えるかもしれない。そのチャンスは少しでも多いほうが良い。齋藤はそう考えている。
“東大切り付け事件”で感じた「脇道に逸れる勇気」
そんな思いを強くした事件もあった。
今年1月15日、大学入学共通テストの会場である東京大学農学部正門前の歩道で、17歳の高校2年生が受験生を含む3人に切りつけた事件だ。
「目標だった医学部に入るために頑張ったけれど、成績が思うように伸びない。そういう時に煮詰まってしまうと、子供の視野ってすごく狭くなってしまう。それが一番怖い」
普段であれば文化祭や修学旅行のようなイベントが、そういった視野狭窄を和らげてくれていた。だが、昨今のコロナ禍の中ではそういった学校行事もほとんどが中止されている。
「そういう時に『この分野がダメなら違う分野を考えよう』とか『いまはダメでもいずれできるようになるだろう』という風に考えられるかどうか。“脇道に逸れる勇気”を持てることがとても重要だと思うんです」
たとえば昔読んだ『小学一年生』で、もし医学だけではなく科学の研究にも興味が持てていたら――? 事件の一報を耳にしたとき、齋藤はそんな風に思ったという。
本当に楽しいことは、実はメインロードだけではない
だから齋藤は、雑誌の立ち位置そのものについても思いを馳せている。
「今の時代、いわゆるお勉強ということでいうと優れた教材は山のようにある。だから僕は雑誌ではいわゆる『学校で教えてくれること』はもうやらなくていいんじゃないかと思っています。
いまはテレビでもクイズ番組とかで東大出身というのをアピールしたり、“高学歴”というのがひとつの商品になっている。社会として、そこをゴールに設定しちゃっているような風潮が、僕はすごく嫌なんですよね」
広い目でみれば、自分のやりたいことを実現するための学習方法は山のようにある。名のある大学に行くことだけが、学ぶことの全てではないはずなのだ。
「テストで点数を取ることだけが勉強じゃない。そうじゃなくて、学習誌を読んでくれる読者に『知っていると楽しくなることって、世の中にいっぱいあるんだよ』と思ってもらえる記事の提供をしていきたいなと思っています」
本当に楽しいことは、実はメインロードだけではなく、そこから外れた脇道にもある――。
そんなことに小学生で気づければ、きっとその子の視野はぐっと広くなる。テストの点数でがんじがらめになりがちな現代だからこそ、そんな『小学一年生』の想いが子どもやその親たちに刺さっているのかもしれない。
そんな好調な雑誌の先頭に立っているのは、なにより脇道の魅力を知る男だった。
撮影=平松市聖/文藝春秋