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なぜ運動率が精子の偏差値を決めるのか?

 というのも、精子は元気に直進できる運動能力がなければ卵子の中に入っていけない、つまり受精できないし、それ以前の問題として卵管をまっすぐ泳いで卵子にたどり着くことさえできない。運動率とは、精液のなかの精子のうち、どれだけの精子が元気に動いているかというもので、WHO(世界保健機関)の基準では運動率50%以上を「良好な精子」としている。ただし、これはフレッシュな精液の場合の数値である。

クリオスの精子で生まれた子どもたちと、「ありがとうクリオス! 私の可愛い天使との毎日を楽しんでます」という利用者の声(クリオスのホームページより)

 精子を凍結するにはマイナス196度の液体窒素タンクに浸けるのだが、これを解凍すると運動率は凍結前に比べてぐんと低くなり、一般的には半分まで下がるともいわれる。したがって、解凍後の運動率50%以上とは、凍結前はほぼ100%が元気に動いている超ハイクオリティ精子ということになる。

 どんなに高学歴でイケメン度の高いドナーの精子を購入しても、妊娠しなければ無駄な買い物になってしまう。精子は安い買い物ではないわけで、購入者が欲しいのは妊娠できる精子だ。したがって、より妊娠しやすいと考えられる「運動率の高い精子」の価値が高くなるというわけだ。

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目下、アジア人の精子が不足している! 

 クリオスのビジネスが繁盛している理由は、ひとつには徹底した品質管理がある。ドナー応募者は感染症の検査、染色体検査、遺伝子検査によってふるいにかけられ、実際にドナーになることができるのはたったの8%。ドナー登録は10人に1人にも満たない狭き門である。つまり、クリオスが扱っているのは厳選した精子のみだ。

 また、これまで一部で面白おかしく報道されてきたように金髪・碧眼の精子ばかりが人気があるわけではない。自分、あるいはパートナーと同じ髪の毛の色や瞳の色を望む人が多いので、希望する精子の属性は人それぞれだ。

 2011年には、クリオスが赤毛男性の精子提供受付をストップしたことがニュースになった。ショウ氏いわく、その理由は「需要がないから」。赤毛男性の精子の在庫は14万回分あるのに、赤毛の精子が売れるのは赤毛の多いアイルランドくらいしかなかったのである。

 クリオスは世界中に精子を輸出しているため、顧客からの要望の幅は広く、不足しているのはアジア人、黒人、ヒスパニック系の精子だということだ。再び電子カタログで検索してみると、アジア人のドナーは現在38人。日本人はデンマーク人とのハーフが1人だけいた。

「あと、欲しいのは精子だけです!」

 クリオスのショウ代表は来日中、今までに日本に精子を販売した例が1件だけあることを明かした。そして、クリオスがこれから本格的に日本に進出することも匂わせたという。

 そこで、日本での精子バンクの需要を探ってみたところ、こう叫ぶ女性がいた。

「あと、欲しいのは精子だけです!」

#2「40 歳のキャリアウーマンは言った。『あと足りないのは精子だけ』」に続く

(*註)不妊治療における「人工授精」と「体外受精」は混同されがちだが、まったく方法が異なる。人工授精は、採取した男性の精子をカテーテルで女性の子宮に直接注入する。体外受精は、それぞれ採取した男性の精子と女性の卵子をシャーレの培養液の中で受精させる。体外受精には、1個の精子を針で1個の卵子に注入する「顕微授精」もある。いずれの場合も採取した精液をそのまま使用することはなく、洗浄後、遠心分離器にかけて死滅した精子や不純物を取り除いてから使用する。