やんごとなきお方も通った都内の私立名門幼稚園に娘を入園させた女性は、ある母親の自慢話に耳を疑った。
「その人はいかにも育ちの良い高学歴のお母さまなんですが、『ウチの子は体外受精で生まれたから発育が早い』『運動神経がいい』『文字を覚えるのが早い』と、なにかにつけて体外受精児のほうが優れていると自慢するんです。ママ友たちも『さすがね~』と追随するし……」
体外受精では形のいい卵子、元気そうな精子を選抜し、形がいびつだったり、動きが悪かったり、おかしな動き方をしている精子を取り除く「調整」という作業を経て受精させるのは事実だ。しかし、だから優れた子どもが生まれるというのはまったく根拠がない、いわゆる都市伝説だ。この都市伝説、けっこう拡散しているらしい。いかがなものかと思うが、これには隔世の感があるというか、ちょっとした感慨を覚えなくもない。(#2「40歳のキャリアウーマンは言った。『あと足りないのは精子だけ』」より続く)
今や19人に1人は体外受精児
というのも、1978年にイギリスで世界初の体外受精ベビーが誕生した際には「試験管ベビー誕生」と新聞の一面トップで報道され、その後もしばらくは好奇の目で見られることもあったからだ。
5年後には日本でも体外受精ベビーが誕生しているが、体外受精などといった「不妊治療」について当事者はそれをあまり口外しないというお約束のようなものがあった。それが現在ではこのセレブ幼稚園の“お母さま”のように、お天道様の下で明るく語られるようになったのだから。
日本産科婦人科学会のARTデータブック最新版によると、2015年に国内で実施された体外受精によって誕生した赤ちゃんは5万1001人。これは新生児の19.7人に1人に当たる。今や体外受精で生まれる赤ちゃんは、ちっとも珍しくなんかない。単純計算でクラスに2人はいることになる。
日本は世界でぶっちぎり1位の体外受精大国。それなのに……
そして体外受精の件数は年間42万4151件(2015年)で、国際生殖補助医療監視委員会(ICMART)がモニタリングしている60カ国のなかでは日本がぶっちぎりの1位だ。
しかし、この“世界に冠たる体外受精大国”では、前回紹介した大手通信会社に勤めるA子さん(40)たちのような「ギリ、産めるうちに子どもを産んでおきたい」というシングル女子やC子さん(35)のような女性同士のカップルは、たとえ偏差値の高い高級精子を入手することができたとしても体外受精を受けることができない。
なぜなら、“結婚”していないから。
先述のとおり、そもそも日本では第三者からの提供精子使用に関して法整備がなされていない。結婚していない女性の体外受精を禁止する法律があるわけではないのだ。それならなぜ、できないのか?
ちょっとややこしいが、提供精子による人工授精(体外受精と人工授精の違いは文末の註を参照)は慶應義塾大学医学部が1948年に初めて実施して以降、主に、夫が無精子症の場合の不妊治療の手段として他の医療機関でも行われてきた。日本産科婦人科学会は実に49年も後の1997年に「非配偶者間人工授精」のガイドラインを出し、これを追認することになった。