「シングル女子は体外受精できないって日本死ね」
この治療が受けられるのは配偶者、つまり夫のいる女性に限られる。治療の際には、それを確認するために戸籍謄本を提出させるという念の入れようだ。
一方、非配偶者間体外受精については、日本産科婦人科学会では「認められていない」という状態のままで今日に至っている。ところが医師にも例外はあって、現在、独自にガイドラインを策定して匿名ドナーの提供精子による体外受精を実施している医療機関が全国に6施設ある。また、夫の父や兄弟からの提供精子による体外受精を行っているクリニックも1施設あることが確認できた。
もっとも、これらのラディカルな医療機関においても実施の対象はやはり「夫婦」だけだ。事実婚のカップルを受け入れているクリニックもあるが、ほとんどのところでは「法的に婚姻している夫婦」に限っている。だから、夫、あるいは男性のパートナーがいないA子さんたちは国内で体外受精を受けることはできないのだ。
これにはA子さんがキレた。
「健康保険を適用しろとか、未婚者にも補助金を出せと言っているわけではない。自分のお金で、すべて自己責任でやろうとしているのに、結婚していなければ門前払いなんて。せっかく若いうちに卵子を凍結しているのに、それを使うことも許されないんですね。これでは私も『日本死ね』と言いたくなります」
画期的な「卵子の凍結技術」を開発したのは日本なのに
いったい日本は進んでいるんだか、遅れているんだか──。
凍結精子に話を戻すと、そもそも安全な凍結技術があるからこそ世界最大の精子バンク「クリオス」では精子を保存し、世界のどんな遠くまでも送ることを可能にしているわけだ。精子より繊細な胚(受精卵)、さらに繊細な卵子を“凍結により半永久的に保存し、融解によりほぼ100%蘇らせる”という技術によって、生殖医療は飛躍的な進化を遂げたのだが、この技術も実は日本が開発に成功したものなのだ。
日本の生殖医療の技術は進んでいる。だから都内の有名クリニックには、海外からの視察団が引きも切らずにやってくる。しかし、その技術の恩恵を当の日本の女性たちが享受するための法律はない。誰がどう享受できるかは学会や医療機関の指針に委ねられており、学会や医療機関は総じて「女性は結婚して子どもを産む」ことをスタンダードとしている。
ただ、学会や医療機関の指針は社会の趨勢によってしばしば改定される。法律とて同様だ。選択的シングルマザーを目指す女性たち、女性だけで子どもを育てていこうという人たちは閉ざされている扉を「開けてほしい」と叩いている。この声は学会や医療機関、社会、国に届いているだろうか。
妊娠できるかできないか瀬戸際の女性たちは
医療機関で人工授精も体外受精も受けることができなくても、最後に残された「セルフ人工授精」という手があるにはある。たとえ自分の手で人工授精して妊娠したのだとしても、誰も自然妊娠と見分けることはできない。自然妊娠を装えば、シングルの女性でも日本の医療機関は喜んで受け入れるし、法的にも何の問題もないのだ。
ただし、人工授精は体外受精に比べて妊娠の成功率は格段に劣る。40歳のA子さんは既に妊孕性(にんようせい:妊娠のしやすさ)が落ちている年齢だ。今から人工授精をしても間に合わない可能性が高く、体外受精に賭けるしかないという思いを持っている。
35歳のC子さんは、妊孕性がガクッと下がる瀬戸際だ。人工授精を急ぎたいと思っている。
「人工授精は専門のクリニックでやっていただくほうが明らかに安心ですが、やってくれないのならしかたない。自分でやりますよ」(C子さん)
30代前半までの女性であれば、C子さんのように「じゃあ、自分でやるわよ」と考える人もいるのではないか。実際、クリオスの顧客の多くは購入した精子を自分で人工授精しているというし。