今、増加中の「訪日医療ツーリスト」。日本政府が「国際医療交流」を提唱、医療ツーリズム業者が続々と立ち上げられている。プライベートジェットでボディガード付きでやってくる大富豪もいれば、自己管理に敏感な若いエリートまで顧客はさまざま。今や庶民も医療を求めて日本を訪れるように変化しているという。訪日中国人ツーリストは日本の医療業界の救世主か、それとも従来の日本型福祉を商業化へ舵を切らせる脅威の黒船か? ルポライターの安田峰俊さんがレポートする。

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「脚をいったん曲げて。また伸ばして。はい、そのままバンザイしてください。苦しくありませんか?」

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 一昔前のガソリンスタンドの洗車機を思わせる、数メートル以上もある巨大な検査装置の内部に横たわる男性に、検査技師が優しく声を掛けた。同行する医療通訳者を通じて中国語に翻訳された言葉を聞き、男性が微笑む。

「ちょっと首が悪いんです。枕を増やしてもらえるとありがたいのですが――」

 ここは東京23区内の病院内。中堅規模の医療法人が運営する検査専門のセンターだ。同院で、がんの早期発見検査であるPET-CT検査を受けているのは、中国から来た趙一平氏(仮名、56歳)。ビジネス分野を手がける弁護士で、上海市内の一等地のオフィスビルに4フロアぶち抜きで大手法律事務所を構える。かつては中国側企業の顧問弁護士として伊藤忠や日野自動車との交渉も担当した凄腕だ。

中国では医師が1日に100人~数百人を診察するケースもざら

「日本で検診を受ける理由ですか? 中国においても、高度な知識と技術を持った医師はいます。設備が整った病院もあります。しかし患者数が多く、医師が1日に100人〜数百人を診察するケースもざら。いっぽう日本の医師は驚くほどきめ細かい問診をしてくれます。看護師や検査技師のホスピタリティも、中国とは雲泥の差ですよ」(趙氏)

PET-CT検査用の注射を受ける趙一平氏。日本の医療はインフォームド・コンセントが充分である点も素晴らしいという。筆者撮影。

 最近、趙氏のように日本で検診や治療を受ける中国人が増えている。彼らはいわゆる訪日医療ツーリストたちだ。2010年、日本政府は新成長戦略を打ち出すなかで「国際医療交流(外国人患者の受入れ)」を提唱。間もなく様々な医療ツーリズム業者が立ち上げられ、いまや日本の病院側でも外国人受診者を積極的に受け入れる動きを見せる施設が少なくない。

 現在まで正確な人数統計はなされていないものの、中国を中心に台湾・ロシアなど各国から、少なくとも年間5万人以上の外国人が、医療を目的に来日していると見られている。

 筆者はこの中国人訪日医療ツーリズムについて、「文藝春秋」2017年 12 月号(2017年11月10日発売)に寄稿した。本記事では、上記の趙氏のコーディネートもおこなった在日中国人の医療ツーリズム・エージェント「霓虹医療直通車(英語名:Nihon)」代表の陳建氏への取材内容の一部を、インタビュー形式でご紹介してみることにしよう。

 ちなみに、「霓虹」は中国語でネオンを意味する。ただ、標準中国語で発音すると「ニィ・ホン」と読むため、近年の中国人の間ではやや親しみを込めて「日本」を呼ぶ際に使われることが多い。陳氏たちのサービス名も、もちろん後者の意味である。