広瀬アリスが長けている演技
俳優とは不思議な職業だ。二人の顔立ちは「広瀬すず寄りのアリス」と互いに写真写りの似た写真をツイッターに上げてファンを迷わせるほど似ているのに、役者としてまとう雰囲気、演技の質はまったくちがう。そして『ラジエーションハウス』シーズン2の第8話で、過剰なダイエットに苦しむ乃愛に、思春期の健康の大切さを説く裕乃を演じる広瀬アリスの演技は、その特性である哀しみや共感をよく表現していた。
それは医療ドラマとして視聴層の10代に送る正しいメッセージであると同時に、「昔の自分」に語りかけて救済するようなシーンになっていたと思う。多くの視聴者が、裕乃という役は結果的にはまちがいなく「アリス寄り」の役であり、広瀬アリスで正解だった、と納得する演技だった。
OLたちのヤンキーバトルを描いた映画『地獄の花園』の主演は永野芽郁だが、バイプレイヤーの広瀬アリスはマニッシュでヒロイックな一匹狼でありつつ、自分の限界に思い悩む女性像を魅力的に演じ、準ヒロインとして高い評価を受けた。従来、小柄な女優は可愛らしさ、長身のスタイリッシュな女優は格好良い女を演じることが多いものだが、広瀬姉妹の場合には小柄な広瀬すずが「強い」演技を得意とし、長身の広瀬アリスが「強さの中にある弱さ、迷い」の演技に長けているのは不思議なところだ。
迷い悩みながら生きるリアルな女性の名前として
かつては筆者も広瀬すずは主演型、広瀬アリスは助演型かもしれないと思っていたのだが、今年の4月期の広瀬アリスは、フジテレビ系「恋なんて、本気でやってどうするの?」で主演すると同時に、日テレ系連続ドラマ「探偵が早すぎる~春のトリック返し祭り~」でダブル主演。なんと1クールに2本の主演ドラマが放送されるという、過去のスター女優でもそうはないほど主演女優として引く手あまたになっている。
広瀬姉妹の活躍は止まらず、ニホンモニターの「2021年タレントCM起用社数ランキング」では広瀬アリスと広瀬すずがCM契約社数で同数3位に並ぶという驚きの状態だ。姉妹芸能人は過去多くいたが、これほど同時期に互いに遜色なく活躍し、しかもそのキャラクターが競合せず、正反対の方向で評価されるという理想的な関係に至った例は記憶にない。
メディアやネットは、二人の仕事の勢いがわずかにでもどちらかに傾けばまた比較して双方をあれこれと煽るのかもしれない。だが、もうそれに動揺しないほど、俳優としての広瀬アリスは足場を固め、周囲には俳優としての信頼関係が広がる。
『ラジエーションハウス』の撮影オフショットでは、年上の本田翼が広瀬アリスに猫のように自由にじゃれつく姿がファンの心を和ませている。かつて舞台で共演した佐藤二朗が、演劇論をぶつけて泣かせてしまった過去をラジオで謝ると、ゲストの広瀬アリスは「吹っ切れた」「あの一件があって私は良かったなと思っている」とそれに応える。
そうした役者仲間たちと幸福な俳優人生を送りながら、彼女はかつて事務所に与えられたアリスという名前をルイス・キャロルのおとぎ話から少しずつ取り戻し、自分の名前にしていくのではないかと思う。『ラジエーションハウス』の広瀬裕乃という役に、演じるうちに血と心を通わせ、自分のものにしていったように。
きっと何年か未来の日本では、アリスという名前は単にガラスのような美少女の代名詞としてだけでなく、迷い悩みながら生きるリアルな女性の名前として、多くの人々に記憶されていることだろう。