ウクライナへの全面侵攻を続ける、ロシアのプーチン大統領。彼はかつて、ソ連の諜報機関「KGB(ソビエト連邦国家保安委員会)」の一員だった。KGBの後身組織「FSB(ロシア連邦保安庁)」では長官を務め、「コンプロマート」という諜報テクニックを使ってロシア検察総長を辞任に追い込んだ疑惑も持たれている。
ここでは、2018年に発売された『トランプ ロシアゲートの虚実』(文春新書)から一部を抜粋。米国安全保障企画研究員の東秀敏氏が分析したロシアの「コンプロマート工作」について、一部再構成して紹介する(全2回の1回目/後編に続く)
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コンプロマート工作の進化
大統領選も佳境に入った16年6月までには、ロシアのサイバー犯罪説が米メディアで確立しつつあった。ただ、ソ連KGBが好んで使ったある常套手段を思い出した者はほとんどいなかった。
それはKGBの十八番である「コンプロマート」という諜報テクニックである。相手の評判を貶めるような資料を意味するコンプロメティールシー・マテリアルの略称で、実際の工作では、そのような資料を対象者に突きつけ、脅迫やエージェント獲得を目的とする。
ソ連崩壊後のロシアでも、その手法が継承されているのは間違いない。実際、1999年、エリツィン大統領との間に確執が生じたロシア検察総長ユーリ・スクラートフがこうしたコンプロマート工作に見舞われている。ある日のゴールデンタイムのお茶の間のテレビ番組に、突然白黒映像が流れた。そこに映っていたのは、2人の若い女性とベッドで戯れ合う裸の太った中年の男性だった。
この動画がロシア中で流された後、検察総長は辞任に追い込まれた。なお、問題の動画をテレビ局に持ち込んだのは、当時FSB(編集部注:KGBの後身組織)長官を務めていた他ならぬプーチンであったといわれている。