ウクライナへの全面侵攻を続ける、ロシアのプーチン大統領。彼はかつて、ソ連の諜報機関「KGB(ソビエト連邦国家保安委員会)」の一員だった。KGBの後身組織「FSB(ロシア連邦保安庁)」では長官を務め、「コンプロマート工作」という諜報テクニックでロシア検察総長を辞任に追い込んだ疑惑も持たれている。
ここでは、2018年に発売された『トランプ ロシアゲートの虚実』(文春新書)から一部を抜粋。ヒラリー・クリントンや伝説の投資家も標的になったロシアのコンプロマート工作について、米国安全保障企画研究員の東秀敏氏が行った分析を、一部再構成して紹介する(全2回の2回目/前編から読む)
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エスタブリッシュメントが標的に
DNC(編集部注:米民主党全国委員会)内でハッキングの可能性が浮上し始めた16年4月、「dcleaks.com」というドメインが登録された。米国籍のドメインだが、何故かマレーシアのクアラルンプールのIPアドレスとなっていた。
ドメイン登録から2カ月たった6月、同名のサイトが公開された。同時期に登場したグシファー2・0(自称ルーマニア人のハッカー)は、ジャーナリストとのやり取りの中で、このDCリークス(内部告発サイト)にDNCメールのリークが行われると“予言”した。
実際にDCリークスは、ウィキリークスとは別に入手したDNCメールを公開していた。DCリークスの特徴は、DNC以外のワシントンのエスタブリッシュメント層を対象としたコンプロマート工作(相手の評判を貶めるような情報工作)を行ったことだ。サイト名が示唆するように、まさにワシントン全体から収集したコンプロマートをリークした。
最初の大物犠牲者は、元NATO軍最高司令官のフィリップ・ブリードラブ空軍大将だった。ブリードラブは、NATO軍トップとして、14年3月のクリミア危機や7月のマレーシア航空17便撃墜事件等、米露対立の最前線を潜り抜けてきた百戦錬磨の軍人だ。
DCリークスはブリードラブのGメールから流出した私用メールを公開した。そこには、ブリードラブが時のオバマ大統領に不満を表し、コリン・パウエル元国務長官との個人的関係を通じて、政権に対露強硬政策を採択させようとするやり取りが生々しく記録されていた。それはまさに、エスタブリッシュメント内の特別な関係を利用した、政軍関係を揺るがしかねない行為であった。