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 私がかかわりあるヨット界でも、実は見識や能力ある人間たちが相手にしないような、人格、技術の欠落者を某々大新聞がツバつけて特ダネにしたて、結果はみじめで滑稽なことに終り失笑をかったりしたことなど思い合わせ、あるいは記者当人はたいそう危険を冒し、純粋な観察報告をものしたつもりか知らぬが、しょせんは大新聞の資本の後楯で、報道コマーシャリズムに乗っかって、はじめて可能な、しかも、あるものは公器たる新聞に似つかわしからざる政治的偏見に満ちた書き物のための試みなどにくらべれば、自分たちの才覚で企画し、金を集めことを行なうのは、新聞社や大学のひもつきより、さっぱりしていていい。

©文藝春秋

「康芳夫」という存在

 企画者の康芳夫は、カシアス・クレイやトム・ジョーンズを日本に呼んで興行した、いわゆる呼び屋だが、私とは、彼が東大生時代、五月祭の講師として彼に招ばれて以来の知己で、私だけでなく、亡き三島由紀夫氏にもハイミナール仲間を紹介したり、青山の教会の廃屋でのローソク・パーティに呼び出したり、そのころから人を食って一風変わった存在だった。

 東大時代、彼が考え出したかなりヤバイすれすれのアルバイト(と言っても麻薬にはかかわりないが)で食わしてもらったという学友が何人もいる。私が合作映画をつくったとき一番下っ端の助監督をし、そのあと私が紹介して、当時呼び屋として勇名を馳せていた神彰氏のアート・フレンドに強引に入れてもらったが、結果としては、師匠を凌いで大物の呼び屋になった。

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 彼が面白いのは、かくなっていかに辣腕に仕事をしていても、その仕事の基点に相変わらず文学青年的な、はなはだ観念的な、人間に関する何らかの憧憬と渇望があるという点である。

 隊員が決定し、「7つの冒険シリーズ」の緒戦としてのネス湖探検発表の記者会見を7月上旬に行なったが、同席したAPやロイターが示したほど日本の新聞は紙面での関心を示しはしなかった。

 が、本栖湖でのトレーニングを終え、先発隊が英国到着に及んでいくつかの英紙がこれを報道注釈し、中で特に1つマンチェスター・ガーディアンが皮肉な論評をするに及んで、突然思い出したように、日本の新聞の、ネス湖探検に対する、例によって外電の尻馬に乗ったとしか言いようのない居丈高な非難が始まった。そのもとになった外電にも、いささかの誤解と偏見がある。

 そして、外電の論評のもとになった、英国での記者会見の内容も、後で聞くと誤解されやすいというか、ある先入観があれば容易に歪曲され得るものだった。